く ち な し―身代わりの恋
――診察の結果は風邪だった。

「夏の風邪は長引くから。もしこの薬で効かなかったらまた来て」

薬局で薬とマスクを購入し、大橋の待つ車へ。夏場のマスクは暑苦しくて辛い。

「何? それ変装? 」

大橋が私を見て噴き出した。

「違うわよ、移したら悪いからよ」

変装と言えば……。
展望台で借りたサングラスを、肘おきのボックスにそっと戻す。
なるべく窓側に寄って座ったら、マスクを引っ張られた。

「そんなもん、意味ないから」

「え」

「俺が何もしないで帰すとでも思ってるの?」

車は、来た道とは違う方へと走っていた。

「どこに行くの? 」

さっき、抗生物質を飲んだおかげか少しだけ楽になってきたけれどまだ熱はある。

「夏風邪だろ? 俺に移して早く治せばいい」

「奥様に移るわよ」

移したら治るなんて昔の迷信なのに。

「……別に、それでも構わない」

大橋は、少しだけ声の調子を落とした。

構わない、か。
奥さんに移すのが平気な程、愛情は冷めてるの?
それでも一緒にいる夫婦って。一体、何?

BGMを聴くうちに睡魔が訪れて、少しだけ眠った。


「旦那は鹿児島だろ? ゆっくり休めば」

起こされて目を覚ますと、知らない場所に着いていた。

「ここは……?」

山と畑に囲まれた民家。
かなりの田舎だ。
< 87 / 99 >

この作品をシェア

pagetop