『身代わり結婚』いただきます!不浄の辺境伯様は、どうやら私の◯◯がお気に召した御様子です。
「おめでとうございます! 旦那様、ベル奥様!」
「どうぞ末永くお幸せに!」

 盛大な拍手とともに、口々に祝いの言葉を掛けられた。
 二列に並んだ参列者たちの間を、私はアレクシス様と笑い合いながらゆっくりと歩んでいく。

「ベ、ベル……っ。とても、きれいで、ううううっ」

「ああもう、泣かないでください叔父さん」

 まだパーティは始まったばかりだというのに、叔父さんはもう泣き崩れている。

 おろおろとレースのハンカチを手渡せば、叔父さんはハンカチごと私の手を握り「お父様って呼んで……?」と上目遣いに訴えてくる。おっさんの上目遣いとは。

「う、お……おと、おと……」

 さすがに照れる。

 まごついていたら、マリアベルお嬢様がドンッと私の腕に抱き着いてきた。

「そおよ、ベルッ! わたくしのことだって、まだ『お姉様』と呼んでいないでしょう!?」

 お嬢様の言葉に、隣に立つデズモンドもわざとらしく首肯する。

「僕もまだ『お義兄様』と呼んでもらっていないです」

「お、おね……、お、おに……っ。もおぉっ、みんなしてからかわないでくださいよっ!!」

 真っ赤になって地団駄を踏んでしまう。

 長年の癖はなかなか抜けないし、使用人仲間であったデズモンドを『お義兄様』なんて呼ぶのは完全に想定外だ。
 湯気が立ちそうになる私を、アレクシス様が苦笑いで抱き寄せる。

「あまり妻をいじめてくれるな。今後の課題ということにしてやってくれ」

「あはは、そうですね。特に僕は、実際に『義兄』になるまでまだ時が掛かりますし」

 そう。

 私とアレクシス様の結婚が決まると同時に、デズモンドがマリアベルお嬢様に婿入りすることも内々に決まったのだ。
 これでマリアベルお嬢様とデズモンドが、晴れてゲイツ伯爵家を継ぐこととなった。

「デズモンドって、オレと一緒で貧乏子爵家出の三男坊なんだろ? これまた大出世だよなぁ」

 立食の料理を皿に山と盛って、コンラートがぶらぶらと歩み寄ってきた。
 デズモンドは照れくさそうに頬を掻くと、マリアベルお嬢様と嬉しそうに視線を合わせる。

「本当に、夢のようです。ゲイツ伯爵家に婿入りすることがではなく、マリアベル様と添い遂げられることが。……そのためにマリアベル様の悪評をばら撒かねばならぬというのは、心苦しい点ではありますが……」

「もう、デズモンド。それは充分に話し合ったでしょう? 契約で決まっていた結婚を(くつがえ)すのですもの、何の代償もなしにってわけにはいかないわ」

 マリアベルお嬢様がきっぱりと言い切った。

 アレクシス様はわがままなマリアベルお嬢様に愛想をつかし、その妹である私に乗り換えた――……

 表向きにはそういう筋書きになっている。

 幸い『マリアベル』はまだ辺境伯に籍を入れていなかったから、実質的には婚約者のすげ替えだ。
 世間は眉をひそめるだろうが、アレクシス様は一向に構わないらしい。


『関係のない他人からどれだけ白い目を向けられようと、ベルと結婚できるならば痛くもかゆくもない』


 そう事もなげに笑っていた。

 それでもさすがに、姉を返してすぐに妹を娶るのは外聞的によろしくない。
 それでいったん婚約だけ済ませて、実際に結婚するまで少し日を置くことにしたのだ。

「ゲイツ伯爵領に戻ったら、今度は気合いを入れてわたくしの悪評をばら撒かなくてはね。腕が鳴るわ」

 マリアベルお嬢様が好戦的な笑みを浮かべる。

 自身の振る舞いが原因でいわば『突き返された』形になったマリアベルお嬢様は、新しく婚姻をまとめるのが非常に困難になる。
 確実に無理筋の格上貴族を相手に、高望みな婚約を打診しては断られる――という茶番を、これから何度か繰り返す計画らしい。

「どうあがいても結婚相手は見つからず、最終的にわたくしは執事であるデズモンドに婿入りを命じる――……。高飛車で性悪な令嬢の演技なんて難しいとは思うけど、わたくし何としてもやり遂げてみせるわっ!」

「案ずるな。素でいける」

「なぁんですってぇっ!?」

「…………」

 お気づきだろうか。
 本来ならば結婚するはずだった二人である。

「ベルちゃんベルちゃん。どの魔物料理も美味しいよ、何か取ってきてやろうか?」

 緊迫した空気など知らぬげに、コンラートがのほほんと問い掛けてくる。
 私はお腹を押さえ、苦笑して首を横に振った。

「ありがとう、でもパーティの前にたくさん味見させてもらったから大丈夫。何せ主催だからね、食べるよりおもてなし側に回らなくっちゃ」

「ベル。ではこれももう食べたか?」

 まだ怒っているマリアベルお嬢様からすっと距離を取り、アレクシス様が踵を返す。
 テーブルからお皿を取ってくると、うやうやしく私に差し出した。

「……え。何ですかコレ」

 私とマリアベルお嬢様、それからデズモンドに叔父さんと、辺境外出身組が興味しんしんでお皿を覗き込む。
 皿の上には半透明の、ぷるぷる震える物体が載っていた。とても食べ物には見えないが、いかにも涼しげで可愛らしい見た目だ。

「魔物の骨を利用して作られた『ゼリー』という辺境独自の菓子だ。食感が面白いから試してみるといい」

「ふぅん……。わっ、すごい弾力! いただきまーすっ」

「ああベルやッ、そんな得体の知れないものを口に入れてはッ」

「問題ないわお父様。ベルの胃腸は頑健よ」

 止めようと暴れる叔父さんを、マリアベルお嬢様があきらめたみたいに取り押さえる。ご理解いただけたようで何よりです。

 スプーンで一匙すくって口に入れれば、ぷるんっとした食感に目が丸くなった。
 ひんやり冷たくて、甘くって――……美味しいっ!!

「わあぁっこれ好き! 大好き!」

「よかった。好きなだけ食べるといい」

「アレクシスの奴、めちゃくちゃ甘々だなー。なあ、ソニアちゃん?」

「夫婦円満で大変結構なことよ」

 招待客もみんな楽しそうに飲んで食べて盛り上がっていて、私は幸せな気持ちで空を見上げた。

 思えば遠くに来たものだ。
 ほんの出来心から始まった、偽りの結婚だったのに――……私はここで、自分の居場所と最愛の家族を手に入れた。

 そして明日には、マリアベルお嬢様たちが辺境を発ってしまう。
 せっかく家族になれたのに、すぐにお別れするのはすごく寂しい。けれど彼らも、いつまでもゲイツ伯爵領を留守にしているわけにもいかないのだから仕方ない。

「ご案じなさいますなベル奥様! このピエールが責任を持って皆様を送り届けますからねっ」

 大きな骨付き肉にかぶりつきながら、ピエールさんが頼もしく親指を立てた。
 アレクシス様の命令で、護衛を兼ねた御者としてまたゲイツ伯爵領まで行ってくれるのだ。

「ありがとうございます。旅慣れたピエールさんが付いてくれるなら安心です」

 私は笑ってお嬢様たちを振り返る。

 新しくできたこの家族たちに、次に会えるのはいつのことになるだろう?
 ゲイツ伯爵領は遠いから、私とアレクシス様の結婚式に出席するのも難しいかもしれない。

「……ベル」

 唇を引き結んでいたら、アレクシス様が優しく私の肩を抱いた。
 見上げる私に、内緒話をするみたいにささやきかける。

「明日は領境のペルレアまで、俺たちも見送りに行こう。そして見送りを終えたら――……今度こそ『例のアレ』を二人で心ゆくまで食べる、というのはどうだ?」

 ……例のアレ。

 例のアレ、ね。
 最高じゃない?

 一気に気分が明るくなって、私は飛びつくみたいにアレクシス様の首に抱き着いた。

「妻の心をお見通しな夫すごい、世界で一番愛してる!――ボーナスほっぺ、永久無限に進呈します!!」
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