春がつれてきたきみは・・・
「アタルが悲しむよ。アタルは私が家から出て行くなんて知ったら泣いて泣いて、それで病気が悪化するよ」
『それに関しては大丈夫。アタルはね、カナちゃんがもっと強くなる!って大喜びだよ。しかも隣県なんだから試合なんて日帰りで応援に行けるしね』
生まれつき心臓に疾患のある弟のアタルは私の剣道を観戦するのが大好きなのだ。
私が勝つとどんな薬より体に効くと言ってはしゃぎ、負けると一丁前にアドバイスをして、次回に大いに期待するのだ。
要するにアタルにとって、私は生きる希望。
だから私も剣道を続けている。
キツくてやめたいって思うことはたくさんあった。
もう限界、普通の女子になりたいって思うことなんて日常茶飯事。
だって、防具と汗の混ざった匂いは女の子が纏っちゃダメなやつだし。
でもアタルの笑顔を見ると、やめたいとか臭くてしんどいとか、そんな甘えたことは口にできなかった。
私の辛さなんてアタルの足元にも及ばないのだから。
そのアタルが、私が月夜川高剣道部に入ることを喜んでいる。家を出て行くことなど全く問題視していない。
『強いカナちゃんが大好き!って言ってたぞ』
父の用意周到さには腹が立ったけど・・
仕方ない。
アタルのためだ。
断じてチキン野郎のためじゃないけど!
でもやっぱり、どういう理由でチキン野郎を救わなくちゃいけないのかわからないのは不安だ。
『大丈夫。カナには実績があるんだから』
それってどういう意味?
日頃から父の命令で人助けに尽力してるけど、ただそういう意味?
それともチキン野郎と私に何か接点があったとか?
『とにかく彼の沽券に関わることだから言えないよ。でもカナならできるんだよ。いや、カナしかできないって言った方がいいね』
そして、春が来て、私は行ったこともない街を目指して電車に乗った。