執愛隠した策士な御曹司は偽装婚約で激情露わに囲い堕とす
まさかこちらが千花のスケジュールをすべて把握していると思わなかったのか、彼女が狼狽し、ぐっと返答に詰まる。

それを見下ろした奏は、冷ややかに告げた。

「もし話さないのであれば、僕はあらゆる方法であなたを追い詰めます。先ほどの大倉さんの口ぶりからすると、締め切りを破ったり取材をすっぽかしたりといったことに関しては、あなたが裏で手を引いていそうですね。でしたら鳳栄社も巻き込んで徹底的に調査をしますが、それでよろしいですか? 千花さんにも事実確認を行えば、どちらが正しいことを言っているのか真実が明らかになるはずです」

すると言い逃れができなくなったのか、青ざめた怜子が押し殺した声で答える。

「私は……千花のキャリアがうらやましかったの。彼女に嫉妬して、早瀬くんとの仲を壊そうと目論んで、ここに来た」
「それは一体、どういうことですか」

奏の問いかけに、彼女が開き直った口調で説明した。

「同じ大学で学んでいたはずなのに、千花は卒業後に単身フランスに渡り、自分の力でコネクションを構築して戻ってきた。私は何とか出版社に採用されたものの、これといった成果も出せず平凡な日々を送っているのに、千花はすごく輝いてるでしょ。あの子の行動力、そしてライターとしての高い評価が妬ましくて、でもそれを表に出さないようこれまで必死で押し隠してきたわ」
「…………」
「そんな私の気持ちなんかつゆ知らず、千花は早瀬くんに復縁を望まれているばかりか、気鋭のデザイナーであるオレール・アルヴィエにまで好意を向けられている。そんな彼女がどうしても許せなくて、評判を落としてやろうと思ったの」

怜子の発言はあまりにも身勝手で、それを聞いた奏の中に怒りがこみ上げる。

(逆恨みもいいところだ。コツコツと努力を重ねてきた千花さんを、この人は一方的にやっかんでいるだけじゃないか)

そう考え、口を開こうとした瞬間、ふいに「奏?」という声が響く。
そちらに視線を向けた奏は、驚いてつぶやいた。

「千花さん、どうして……」
「奏に確かめたいことがあって来たの。それより、どうして怜子がここにいるの? わたしは昨日から何度も電話して、『連絡をください』ってメッセージも送ってたよね?」

千花が現れるとは思っていなかったのか、怜子が動揺した様子を見せる。
それを横目に、奏は口を開いた。

「大倉さんは、『話したいことがある』と言って俺に会いに来たんだ。ここ最近の千花さんが俺とオレール・アルヴィエを天秤にかけて二股のようなことをしてる、仕事でも不誠実な行動が目立つんだって。要は俺が復縁を考えていろいろしてあげているようだが、あなたはそれに値しない人間だって言いたくてわざわざここに来たらしい」

するとそれを聞いた千花が信じられないという表情で怜子を見つめ、つぶやいた。

「わたしが取材をすっぽかすように仕向けて先方に迷惑をかけたり、編集長に事実に反することを伝えたのは、やっぱり故意だったんだね。奏にまで会いにきて嘘を吹き込むなんて、怜子は一体何がしたいの? 一連の行動は、あなたが今まで築いてきた編集者としての信用を傷つけることになるんだよ。それなのに」
「うるさい。何でも手に入れてるあんたには、私の気持ちはわからないわよ」

怜子が感情的な声で言い返し、かすかに口元を歪めて言葉を続ける。

「偉そうに説教して、何様のつもり? フランスの有名ファッション雑誌でいくつも仕事をして、向こうで人脈を広げて帰国したことが、そんなにすごいの?」
「…………」
「しかもセレブである早瀬くんから復縁を迫られて、高価なプレゼントをされて。おまけに世界から注目されてるデザイナーのオレール・アルヴィエとも、親しくしてるんでしょ? 何であんたばっかり恵まれてるのよ。私だって頑張ってるのに、そんなのを目の当たりにしたら惨めになる一方じゃない」

剥き出しの嫉妬の感情をぶつけられた千花が、ショックを受けたように束の間言葉を失う。
しかし彼女はすぐに気を取り直し、正面から怜子を見据えて毅然として告げた。

「――ふざけないで。わたしが何の努力もなしに、ここまできたと思ってるの? もしそういうふうに考えて嫉妬してるなら、お門違いもいいところだよ」
「…………」
「〝フランスで暮らしたい〟という夢を叶えるために、わたしは大学時代にバイトをしてコツコツお金を貯めた。卒業後に向こうに渡ってからは働きながら語学の勉強をして、自分なりに試行錯誤をしながら時間をかけて人脈を構築したんだよ。最初から順風満帆ではなく、人種差別を受けたこともあったし、取材対象から冷たくされたこともあった。そういうのを乗り越えながらひとつひとつ実績を積んで、ファッションライターとしての地位を確立したの。それを『たいした努力もしないで、何となく成功した』みたいな言い方をされるのは、すごく不愉快」

千花の声音には押し殺した怒りがあり、それを聞いた奏は「当然だ」と考える。

(大学時代、千花さんが学業とアルバイトの両立でどれだけ努力をしていたか、俺はよく知ってる。目標達成のための労力を厭わない性格だからこそ、今の彼女があるんだ)

積み上げてきた努力に目を向けず、ただ「うらやましい」という気持ちから評判を落とすような真似をされれば、たとえ友人でも許せないだろう。

そう思いながら、奏は口を開いた。

「大倉さん、一方的な嫉妬心で千花さんを中傷し、その評判を下げようとしたあなたの行動は許し難い。彼女と同じファッション業界に関わる人間として、やってはいけないことをしたのだとと思います」
「…………」
「僕の会社はファッションブランドへの投資を行っており、メディア関係に伝手があります。今回の大倉さんの所業は関係各所に包み隠さず通達するつもりでおりますので、覚悟していてください」

怜子が青ざめた顔で、返す言葉もなく押し黙る。
奏は千花の背中に手を添え、彼女に向かって言った。

「――千花さん、行こう」
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