執愛隠した策士な御曹司は偽装婚約で激情露わに囲い堕とす
* * *

奏に促されて歩き出しながら、その場に立ち尽くしたままの怜子をチラリと振り返り、千花は複雑な気持ちを押し殺す。

(まさか怜子が、奏に直接会いに来てるなんて思わなかった。そこまで形振り構わず、わたしの評価を落としたかったんだ)

友人だと思っていた彼女から向けられた悪意に、胃がぎゅっと引き絞られる。
しかし奏が怜子を厳しく糾弾してくれ、ほんのわずか気持ちが慰められた気がした。

(でも――)

千花が彼に会いに来たのは、直接問い質したいことがあるからだ。

歩くこと数分、駅の傍にあるカフェに入った千花は、オーダーを取りに来たスタッフにアイスティーを注文する。そしてテーブルを挟んで向かいに座った奏を見つめ、口を開いた。

「奏の予定も聞かず、急に来たりしてごめんね。仕事は大丈夫なの?」
「少しカフェで休憩しようと思って外に出たところで、大倉さんに会ったんだ。それより千花さんは、俺に用があって来たんだろ。何かあった?」

彼の様子は至っていつもどおりで、突然来たことを迷惑がっているそぶりは微塵もない。
千花は意を決し、口を開いた。

「わたし、少し前までメゾン・ドレルのデザイナーのオレールと一緒にいたの。彼のお店のプレオープンが明日で、その前に見に来ないかって誘ってくれて。そしてオレールに、『僕のブランドのPRパーソンになってくれないか』って誘われた」

それを聞いた奏が、驚いたように目を瞠る。そして確かめるように問いかけてきた。

「それは、千花さんがフランスに行くってこと? メゾン・ドレルの本社はパリだろ」
「うん、そう。奏がそれを知っているのは、早瀬インベストメント・ストラテジーがメゾン・ドレルの大口スポンサーだから?」

千花の言葉を聞いた彼が、かすかに肩を揺らす。

奏の表情には、こちらがその事実を知っていることへの動揺がわずかににじんでおり、千花はそれを見つめながら言葉を続けた。

「オレールに聞いたの。あなたの会社がメゾン・ドレルに投資し、そのおかげで日本初出店が決まったって。それに際して独占インタビューに応じるよう求められ、そのインタビュアーとしてわたしを使うように要請されたことも」
「…………」
「それって奏が大口スポンサーという立場を利用し、裏で手を回してそうさせたっていうことだよね。それなのにわたしにはその事実を黙っていた」

すると彼が「千花さん、俺は……」と口を開きかける。千花はそれを遮り、語気を強めて言った。

「ねえ、どうしてそんなことをしたの? わたしはオレール・アルヴィエのインタビュー案件が入ってきたとき、『これまでの頑張りが評価されたんだ』って思ってうれしかったんだよ。それなのに実はその仕事は自分の実力で獲得したものではなく、奏が裏で手を回したんだって知ったときのわたしが、どんな気持ちになったかわかる? あなたはわたしがこれまで積み上げてきた努力や実績を、金の力でなかったことにしたの。もしかして帰国してすぐにあったプレス発表会の招待も、奏が手配したものなの?」

嘘を許さない断固とした口調で問いかけたところ、奏が観念したように答える。

「……そうだよ。メゾン・ドレルに投資し、ブランドへの影響力を強めたところで、日本初出店に関する独占インタビューの仕事を千花さんに割り振った」
「どうして……」
「千花さんのことが好きで、ライターとしての才能を認めているからこそ、いい仕事を回したかったんだ。俺の持つ金でもコネでも何でも使って、案件を与えてあげたかった」

彼がこちらの仕事に対する関与を認め、千花の頭にカッと血が上る。

今まで奏を全面的に信用していたため、裏切られた気持ちでいっぱいだった。そんなこちらを見つめ、彼が言葉を続ける。

「でも便宜を図ったのはオレール・アルヴィエのインタビューだけで、〝ルーチェ・ディ・マーレ〟のプレス発表会に招かれたことや、日本に帰国してから獲得した新規の仕事は、すべて千花さん自身の実力で勝ち得たものだ。だから誤解しないでほしい」
「…………」
「六年前に別れを告げられて以降、俺はいつか千花さんに仕事上の便宜を図ってやれるようになりたくて力をつけてきた。幸いにも実家が大きなグループ企業を営んでいたから、そこでのし上がって揺るぎない地位に就くことができれば、もう一度あなたにつきあってもらえるかもしれないと考えた。そのために努力するのは、まったく苦じゃなかった」

口調こそ静かだったものの、奏の目には怖いくらいに真剣な色がにじんでおり、千花は思わず口をつぐむ。

その話は再会した当初にも聞いていたが、改めて彼の自分への執着を感じ、小さく問いかけた。

「どうしてそこまで、わたしのことを? 奏くらい家柄と容姿に恵まれてれば、女の人を選び放題でしょ。それなのに」
「別れたあとも、千花さん以外の女性に興味を持てなかった。それくらい大学時代のあなたは努力家で眩しくて、俺にカルチャーショックをもたらした存在だったんだ。離れていた六年のあいだ、気持ちが冷めるどころか増す一方だったし、フランスに行っても努力を続けていることがSNSを通じてわかって、『俺も頑張ろう』っていうモチベーションになってた」

彼の声音と眼差しには確かにこちらへのリスペクトが感じられ、千花の胸がぎゅっと締めつけられる。

奏が自分の仕事を軽んじているわけではないことを実感し、深く安堵してしていた。彼が「でも」と言って、言葉を続ける。

「俺の気持ちがいつまでも千花さんに伝わらないことに、焦りがあったのは事実だ。最近はキスを受け入れてくれるようになったけど、それ以上は踏み込ませない壁を感じて、でも無理強いはできなくて。どうしたら俺が本当に千花さんを好きだと信じてもらえる? あなたのためなら、俺が持っているもの全部をあげても構わないのに」

奏がやるせない表情でこちらを見て、千花は視線をさまよわせる。

彼への恋愛感情は自覚しているものの、これまであと一歩が踏みきれず、心にブレーキをかけていた。だがもう隠し通せることではないと考え、口を開く。

「わたし……奏の財力や、どんな高いお店に行っても堂々としているのを目の当たりにして、腰が引けてた。資産家で家柄がいいあなたと、ごく普通の庶民で片親のわたしは、絶対に釣り合ってない。ただつきあう分にはよくても、もしこの先結婚の話が出た場合、絶対奏の親族は難色を示すでしょ。そのときにあなたが板挟みになって苦しんだり、結局別れなければならなくなったら――そう思うと、いっそ復縁しないほうがいいんじゃないかと考えて、ずっと自分に『これはビジネスなんだ』って言い聞かせてた」
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