my天の川に流るる

8


 笹森の登校を待っていた。彼が一人になるときがあるとすれば、そのときしかない。それでも、男女問わず友人の多い彼が一人である確率は低い。
 案の定、彼は一人ではなかった。他クラスの男子と来たようだ。下駄箱で分散する。
 だが諦めようと思った。
 星子(しょうこ)は踵を返す。 
「あ、星子ちゃん、おはよう」
 笹森は上足サンダルに履き替え、顔を上げたところだった。
「あ、お、おはよう、笹森くん」
「どうしたの? ぼくが恋しくなっちゃった?」
 最後に見た浴衣姿よりもいくらか若く見える。
「あ、あのね、うちの人が、お世話になったから……って、これ」
 星子は叔父に持たされた袋を渡す。クッキーだの煎餅だのの菓子とペットボトルの緑茶が1本入っている。
「え、ありがとう。なんか逆に悪いな」
「荷物増やしちゃってごめんね」
「ああ、いいの、いいの。星子ちゃん家(ち)はしっかりしてるんだね」
 星子は苦笑する。やはり叔父の感覚が極少数派なのだろうか。友人のできない星子をよく心配していたものだった。
 笹森は下駄箱で別れた友人と共に教室へ向かうはずだった。しかし彼は立ち止まっている。
「どしたの星子ちゃん。行こ」
「あれ、お友達は」
「あいつは週番だって」
 週番ならば職員室に寄るのだろう。職員室は下駄箱を境に教室とは反対方向にある。
「浴衣姿の星子ちゃん、可愛かったな。制服姿も可愛いけど。浴衣姿は可愛いというより……綺麗だった」
 笹森は平然と言ってのける。星子は強張った。言われ慣れない。
「あ、ありがとう……」
 笹森は言い慣れているのだろう。そして言われ慣れている女子は、可愛らしい反応をするのだろう。
 廊下でも、笹森は様々な男女から声をかけられた。そのたびに彼は星子の肩に絡みつき、引き留める。専属の肘掛けにされていた。
「嫌がらないの?」
「笹森くんが嫌じゃないなら、別にいいかなって……」
 笹森は人気者なのだ。拒まれることはあれども、教室の端でひとり本を読んでいるような星子が、拒まむ権利のある相手ではない。
「はは、ぼくのこと好きじゃん」
 長い指が星子の頬を押した。
「星子ちゃんのほっぺは粉っぽくないね」
 さらに指先が頬肉を刺す。
「え」
「お化粧してないんだ」
 ぽいっ、ぽいっと笹森の指が星子の頬で弾む。
「ご、ごめん、なさ……っ、」
 化粧をしていない罰だとばかりに頬を突かれる。化粧は女子の身嗜みのようだ。だが校則では禁止されている。
「素嬪(すっぴん)さんなんだね」
 彼は笑った。そして肌を連打する。
「ぽよぽよぽよぽよ……」
 星子は身動きがとれず、言葉も失っていた。
「ぽよぽよぽよぽよ……」
「やめろ」
 笹森の腕が日に焼けた手によって下ろされた。登校してきたばかりの七尾だった。
「お前も、嫌なら嫌がれよ」
 朝の挨拶も交わさず、七尾は声を荒げる。
「嫌じゃないんだよ」
 笹森が言った。
「お前が言うな」
 星子は疼く頬を摩する。
「おはよう、七尾くん」
「おはよ。ちゃんと帰れたのか」
 一昨日、七尾とは地元の駅で別れた。自転車で来ていた彼は、送ると言っていたがそれでは七尾は遠回りになる。夜も遅かった。
「うん。心配してくれてありがとうね」
「お前は? ちゃんと琴峯(ことみね)さん送れたのかよ」
「もち。百戦錬磨の送り狼とはぼくのことだよ」
 笹森は星子を捕まえたまま、七尾の肩にもぶら下がる。
「狼したらダメなんだよ」
 星子は笹森を押しやる七尾を見ていた。咲菜(さきな)と帰りたかったに違いない。心配で心配で、仕方なかったのだろう。一昨日の帰り道、それを噯(おくび)にも出さなかった。彼は器用だ。
「星子ちゃん、おはよう。ふ、文貴(ふみき)くんと笹森くんも、おはよう」
 星子は咲菜を目で追った。咲菜は俯き、顔を桃色に染めて教室に入っていく。
「な~んで下の名前で呼ばれてんだ~、文きゅーん?」
「"にゃにゃお"とか呼ばれたら下の名前で呼ばすだろ」
「ぼくも五百鈴(いおり)って呼ばれたい」
 明るい色の目が星子の眼交(まなか)いに迫る。
「なんでだよ」
 七尾が笹森を引き剥がした。
「下の名前で呼ばれるの、ロマンじゃん」
「……五百鈴♡」
 七尾はウインクし、声を上擦らせる。
「それは気持ち悪い。やだヤダ嫌だ。女の子に呼ばれたいの」
 しかし笹森は下の名前でよく呼ばれている。
「星子」
「へ」
 呼びかけたのは七尾だというのに彼は外方(そっぽ)を向いた。
「お前も琴峯さんみたいに、下の名前で呼んだら……お揃いのほうが、いいだろ、知らんけど……」
「誰を? なんで?」
 星子は首を傾げた。咲菜のことはすでに下の名前で呼んでいる。
 七尾は外方を向いた先で顔を顰める。その唇が開いた。だが彼の言葉は掻き消えた。
「五百鈴!」
 笹森の望んだとおり、女子の声で彼は呼ばれた。クラスメイトの女子がひとり、笹森の傍にやって来る。星子と七尾はまるで示し合わせたかのように同時に歩き出し、教室へ入った。


 休み時間になると、咲菜は女子たちに囲まれていた。"たなばた祭り"の話で盛り上がっているようだった。
 咲菜は戸惑いった様子で賑々(にぎにぎ)しい女子たちに返答している。
 どうやら、彼女たちも"たなばた祭り"にいたようだ。そして咲菜と出会(でくわ)したのだろう。
 女子たちは教室を見渡す。星子と目が合ったが逸らされる。カラーコンタクトレンズで面積の増えた黒目は、ふざけ合っている笹森と七尾に留まる。2人を呼び、手招きしている。
 3人共々、人気者だ。咲菜は内向的だが、見る者が放っておかない圧倒的な容貌がある。笹森も七尾もまた、本人たちは飄々としているが、華がある。
 星子は席を立った。黄色い声が飛び交う人集りが星子を一斉に見た。星子はその視線を浴び、たじろぐ。二度見してしまった。教室の後方のロッカーから次の授業の教科書を取る。
「白川先輩」
 星子は教室の外から呼ばれ、顔を向ける。下足サンダルが青い。1年生を表している。中学時代、JRC委員会での後輩だ。
「月也(つきや)くん、どうしたの?」
 始業式に見かけたときは驚いたものだった。
 月也の前に立つ。まだ発育途上の中性的なまろみが残り、星子と目線があまり変わらない。まだ新しい制服は大きく、その童顔をさらに幼くする。
「数Aの教科書、持っていませんか……? 2年生でも、もしかしたら持ってるかもしれないと聞いたので……」
 白玉団子のような色と質感、室内飼いの黒猫のような髪ばかり星子は見ていた。
「忘れちゃったの?」
「僕のは友達に貸したんです。だから僕のを借りて来ないと……」
「相変わらず優しいんだねぇ」
 星子はロッカーを漁った。無い。数学Aは1年生のときに修めたが、数学の教科担任から持ってくるようには言われていた。
「数A……えっと……」
 最近、見た憶えはある。だが、無い。記憶を辿る。先週の課題で使った。そしてそのときに家に置いてきてしまった。
「あ…、! ごめん! 今持ってないや」
 しかし彼の休み時間を潰してしまった。咲菜から借りようかと振り向いた。女子たちと笹森によって、姿が見えない。
「数Aなら俺が持ってる」
 後ろに七尾が佇んでいる。
「ほぇ」
「数Aだろ? 俺が貸してやるよ」
 星子はロッカーから教科書を抜き取る七尾を凝らしていた。
「星子の後輩?」
「うん……そう。玄山(くろやま)月也くん」
「ふーん。よろしく」
 七尾は教科書を渡す。
「ありがとうございます、七尾先輩」
 月也が頭を下げる。七尾が固まった。
「なんで俺のこと知ってんの」
「サッカー部の有名人でしたし……」
 七尾は星子に目交ぜする。
「中学時代の後輩だから、七尾くんのこと知ってるんだと思う」
「ああ、そういうこと? じゃあ俺の後輩でもあるってこと?」
「広い意味では……そうなります」
 月也は口元を綻ばせる。化粧はしていないはずだが、よく色付いた唇が星子は羨ましかった。
「俺、サッカー部で有名人だったって何」
「月也くん、休み時間、もう終わっちゃうよ」
 月也は教室の時計を一瞥した。そして2人を順に見遣る。
「ありがとうございます。すぐにお返しします」
 月也は踵を返す。
「七尾くん、ありがとうね」
「俺が有名人って何」
 七尾は星子を向く。
「後輩にもモテてたとかそんな感じじゃない? よく表彰とかされてたじゃん。体育祭でも目立ってたし」
「……そうだったっけ」
「本人は忘れているものなのね」
 星子は体育祭で目立ったことも、部活で表彰されたこともない。中学時代は、送迎や合宿、道具の購入のない美術部に属していた。コンクール入賞も特になかった。
「でもありがとう」
「あ? いいよ、別に。俺の後輩でもあんだろ?」
 七尾の後ろから忍び足で笹森が近付いてきているのが、肩越しに見えた。
「捕まえたッ!」
 笹森は七尾の胴体にしがみつく。
「気持ち悪ぃ!」
「アタシを差し置いて何の話よ~? 五百鈴、泣いちゃうゾ~」
 七尾は笹森を引き剥がすと、ふたたび星子に半歩迫る。
「ってか親しくね? なんで?」
「委員会の後輩で……」
「そうじゃねーよ。なんか親しかったよな」
「うん……? ああ、委員会でよく行事参加とかしてたから……?」
「だから違う!」
「月也くんとは別にそんな仲良くないと思うよ……? 家とか行ったことないし……」
 七尾は何故、語気を荒げているのか。
「それだよ、それ」
「どれ……?」
 七尾の指が星子を差す。短く切られた爪を見てしまった。
「あ、寄り目になっちゃった」
 星子はへにゃ、と笑った。七尾は口を引き結ぶ。眉間に寄った皺が和らぐが、消えてはいなかった。
「後輩だからってな、油断すんなよ」
「油断?」
「そ、油断。男なんてのはすぐ勘違いすんだから」
「勘違いって?」
「勘違いは、勘違いだ」 
 後輩との間に起こる勘違いといえば、立場の誤認だ。
「月也くんが先輩ぶるかもってこと?」
 七尾は外方を向いた。違うようだ。笹森が宥めるかのように彼に絡みつく。そして顔だけを星子によこした。
「星子ちゃんは鈍いなぁ。七尾も星子ちゃんに"七尾先輩♡"ってやられたいの。男のロマンだからね。逆かな。"星子先輩♡"って撫で撫でされたいんだよ。これも男のロマン。キモ」
 星子は納得した。何故七尾は月也との関係を知りたがるのか。
「月也くんのこと撫で撫でしたりしないよ。さすがに……」
「だから違う」
「まぁ、うん、でも、後輩クンは下の名前で、ぼくを"笹森くん"と呼ぶのは良くないな。良くないね」
 彼等は後輩への呼び方に憤っている。先輩後輩だと序列をつけて見下すな、という笹森の助言だろう。
 七尾が笹森に、咲菜が七尾に呼んでいたのとは訳が違うようだ。
「ああ、うん。玄山くんのこと、撫で撫でしたりしないよ」
 校庭のほうを見ていた三白眼が返ってくる。笹森を振り払い、距離を詰める。
「下の名前で呼べって言ってんだよ」
 余計に訳が分からなくなった。笹森と七尾は反対のことを言っている。
「つ、つ、月也くん……?」
「ち、が、う!」
 星子は目を回した。七尾の名を下で呼べと言っているのだろうか。だがそれは有り得ないだろう。咲菜から呼ばれることに価値がある。
 チャイムが鳴った。七尾は手首のミサンガを揺らして席へ戻っていく。



 40番 忍ぶれど 色に出にけり 我が戀は
物や思ふと 人の問ふまで―― 平兼盛

 定期試験に、百人一首からいくつか出題するという。
 授業中、先生の指名で何人か読まされていたが、七尾の読み上げた一首が耳に残っていた。
 私の恋は隠しても顔色に出るものだ。思い悩みをしているのかと、人から問われるほど。
 咲菜のことだ。七尾が指名されたとは、皮肉なものだ。
 星子は窓の外を眺めている七尾の後姿を見た。彼ならば、堂々と打ち明けるはずだ。隠し事などしない。告白するはずだ。ただ咲菜は同じクラスであるがゆえに踏み出せないのだ。咲菜の性格的にも、気拙くさせることを考慮して、今はただ一途な純情を表沙汰にできないだけなのだ。
「白川先輩」
 教材をロッカーに戻していると、数学Aの教科書を手にした月也がやって来た。
「七尾先輩呼んでいただけますか」
「ああ、うん。七尾くん」
 教室中に背を向けていた七尾が徐ろに頬杖を解き、立ち上がる。
「つ、月……玄山くんが教科書返しに来てくれたよ」
「あ? おう」
 七尾がやって来る。
「ありがとうございました。助かりました」
「ああ、いいよ。好きに頼ってくれ」
 教科書を受け取り、七尾はすぐに引き返す。
「七尾先輩、やっぱりかっこいいですね」
「ああ、うん。かっこいいよね。頼もしいし」
 星子は机に戻った後姿に半分、顔を向けた。
「憧れます」
「月也くんはそのままが一番、かわいいよ」
 さくらんぼ色の唇が「へ」の字に近付く。
「なんですか、かわいいって」
「え、嫌だった? ごめんね」
「かっこよくなりたいです」
「そっか、そっか。ごめん、ごめん」
 月也は教室の黒板を見た。
「百人一首やってるんですか」
「うん。期末テストに出すかもって」
「大変ですね。あの先生、百人一首の番号まで憶えて来いとか言いそう」
「古文は結構好きなの」
「僕は86番が好きです。僕の名前も入っているので。じゃ」
 柔らかな匂いを残して後輩は去っていく。
 86番。星子は一度ロッカーに戻した便覧を開く。

 86番 歎けとて 月やはものを思はする かこち顔なるわか涙かな――西行法師


「古文でコクられたかよ?」
 七尾の声が聞こえ、星子は顔を上げる。椅子の背凭れを抱き、彼は顰め面をしている。
「えー、何それ。ロマンチック」
「……古文なんか何の役にも立たない」
「でも楽しいから」
 三白眼に見下される。
「どうしたの」
「文学少女め」
 文学少女は咲菜のほうだ。よく本屋に寄っている。
「そうだぜ、文きゅん。古文ってのは、いいよ、雅で。行間を読む。いつか自分と重なり合って、昔の自分を思い起こす。二度、三度楽しめるってワケ。ガサツな文きゅんには分からないか」
 どこからかやって来た笹森が肩を竦めた。
「なんだ行間って。はっきり言え。痒い、だけじゃどこが痒いのか分からん」
「どこが痒いかは分からなくていいんですー。痒いということが分かれば、こっちが痒さを思い出して、苦しむんですー。鈍ちん。だよね、星子ちゃん」
「うん。大体そんな感じ……」
 七尾は咲菜にはっきり言えないのだ。もどかしいのだ。想人に慮りあまり、自身の信条に背いているのだ。
 星子は笹森と笑っている七尾を見詰めた。


 咲菜と弁当を広げる。彼女の弁当箱には一口ずつ丸められたそうめんが入っていた。蟹かまや星型のふりかけが散らされ、鮮やかだ。
「流しそうめんやってから、そうめんにハマっちゃったのよ。あたしも少しずつだけど、お料理の手伝いすることにしたの。まだ星子ちゃんみたいには上手くいかないけど……」
 背の低く、口の広い水筒に麺つゆが入っているようだった。
「そうなんだ。でも笹森くん家(ち)で食べたそうめんは多分 高(い)いやつ。安いやつだとでんぷんが多くて、もっと変な感じだもの」
 咲菜がそうめんを一口、水筒に沈める。だがすぐには啜らなかった。交換用のフードコンテナを開ける。
「これ、あたしが作ってみた玉子焼きなの。食べてくれる……かな?」
「もちろんだよ」
「直すところがあったら、はっきり言ってね。料理上手な星子ちゃんのアドバイスなら傷付いたりしないわ」
 見た目はぼろぼろだが、よく焼けている。外見などは直しようがある。指摘するところではない。
「いただきます」
 咲菜の麗らかな目が不安の色を湛えている。
 一切れ齧る。味に問題はない。卵殻の感触はあったが、微量だ。
「美味しいよ」
「ほんと? よかった……」
 彼女は麺つゆに浸かりすぎたそうめんを掬い上げ、口へと運ぶ。
「星子ちゃん、あの後、ちゃんと、帰れた……かな。星子ちゃんとな、な、"七尾くん"も送ってって、パパに頼めばよかったかなって心配してたの」
「そんな。とんでもないよ。咲菜ちゃん家(ち)のほうとは方向全然違うじゃない。お父さんの予定だってあるでしょうし。でも、ありがとうね」
 弁当を食らっていると、七尾と笹森がやって来る。
「飴やるよ」
 棒付きのキャンディを差し出され、星子は身を引いた。
「何だよ」
「なんで」
「お疲れ様会」
「何の」
「いいからさっさと受け取れ。後が閊(つか)えてる」
 星子は毒々しい包紙の飴玉を見下ろす。
「ほい、琴峯さんも」
 咲菜の表情が煌めく。余程、この飴が好きなのだろうか。可憐な彼女には似合っているかもしれない。
「ありがとう」
「へへ」
 七尾の狙いは咲菜だった。三白眼とぶつかりそうになり、星子は慌てた。
 笹森と目が合う。彼は口から伸びた棒を蠢かせ、星子を見た。
「やっちゃった。飴舐めちゃったから星子ちゃんの玉子焼き食べらんないッ」
「いいよ、食わなくて」
 星子は焦り、隣を見遣る。咲菜は輝かしい目で飴玉を見て、七尾を見ていた。
「でもどうして」
「バ先の余りもの」
「バイトしてたんだ」
 アルバイトは禁止のはずだが、建前だ。皆、隠れてやっている。
「近所のおばばの店番な」
 七尾の家の近くに古民家も古民家の駄菓子屋がある。そこだろう。時折、店の手伝いをしたことがあるとは聞いていた。
「そうだ。ぼくん家(ち)の近くにも美味しいかき氷屋があるから今度寄ろう」
 咲菜は駄菓子について七尾と話している。
「いいね、行こう」
 星子は七尾と咲菜に視線を送ったが、彼等は気付かない。
「ま、最悪、ぼくと星子ちゃんで行こうか」
「みんな行くよ」
 星子は微苦笑を浮かべる。
「わたしはいつでも暇だから、咲菜ちゃんの部活次第じゃない?」 
「ぼくは2人きりでもいいけど?」
 星子は咲菜に目配せするが、やはり咲菜は七尾との会話に花を咲かせている。
「ははは……」
 隣の談笑がやむ。七尾の手が笹森の口から伸びた棒を摘まんだ。そして動かす。
「で? いつにするんだ?」
 飴玉が歯に当たり、笹森の口から軽快な音がなる。
「あわわ」
「わたしはいつでも。咲菜ちゃんの部活次第だよねって話してたところ」
「水曜日以外なら大丈夫よ」
「じゃあ金曜日」
 異論はなかった。
「じゃ」
 今日は玉子焼きは要らないようだ。今日ならば、本当に咲菜の作った玉子焼きが食べられたかもしれないのだ。
 どう口火を切るか。だが咲菜はどう思うだろう。自信がなさそうだった。
 七尾の姿が離れていく。笹森はまだベンチ前に立っていた。
「どうしたの、星子ちゃん」
「え」
 七尾が立ち止まる。
「なんだ。飴が固すぎて歯でも折れたか」
「う、ううん。なんでもない」
「俺に玉子焼き食べてほしかったかよ?」
 彼は戻ってきた。
「え、う………うん。まぁ?」
 半分正解だが、半分間違っている。
「なんだそれ」
 フォークを渡すと七尾は玉子焼きを齧った。
「美味い」
「よかった……」
「お前ばっか褒められてずるいぞ。俺のことも褒めろ」
「月也くんが、かっこいいって言ってた、よ!」
 だが七尾は眉根を寄せた。
「野郎に言われてもな」
 七尾は気難しい。



 かき氷屋は高校から歩いて10分足らずのところにあった。
 70代後半から80代に差し掛かった頃合いの老夫婦が営んでいる駄菓子屋で、かき氷とラムネが売っている。
 笹森家とは家族ぐるみの付き合いのようで、笹森の兄について訊ねていた。彼には五十鈴(いすず)という3つ上の兄がいるらしい。市民病院に入院しているようだ。
 抹茶とイチゴ練乳、ブルーハワイのシロップのかかったかき氷を突つきながら、笹森と老夫婦が話しているのを聞いていた。
 天井隅に設置されたブラウン管テレビは"みんテレ"が映っているが、誰も観てはいなかった。
「跡継ぎならぼくがやるよ。イケメン店長が切り盛りしてるって、話題になるよ」
 老夫婦は笑っている。
「お嬢さん方、今度、肝試し大会があるから出たら良かんべに」
 老翁は壁に貼られたポスターを指す。
「肝試し大会~?」
「二人組みで神社さん歩く~り言ってたで」
 テーブルの対面に座っていた七尾は咲菜に青くなった舌を見せて笑わせていたが、途端に顔を険しくした。そして星子を見た。その意図ははっきりと分かる。
 咲菜と組ませろ、だ。
 だが咲菜は笹森と組みたいのではないか。それならば容易に頷けない。星子は恍(とぼ)けた。
「行こうよ、白川さん」
 ポスターを見ていた笹森が振り向く。
「ああ、うん」
 だが咲菜の予定を訊いていない。
「ねぇ、ふ、文貴くん、見て」
 星子は七尾ではなかったが、咲菜を見れば、舌を見せている。イチゴのシロップで赤く染まっているのだろう。七尾は口角を上げていた。
「行くだろ、七尾」
「星子は」
「う、うん。予定ないよ」
「行くかな」
 渋げな面構えで答える。まだ咲菜の返事を聞いていないためだ。訊けと言っているのだろう。
「咲菜ちゃんはどうする?」
「行けるよ」
 七尾の機嫌を窺う。まだ渋い面持ちを崩さない。まだ他に彼の懸念点があるだろうか。
「あ、今度はちゃんと靴で行くから大丈夫。痒み止めも持って……」
「痒み止めって?」
 ラムネを下ろし、笹森が訊ねる。ガラス玉が小さく鳴る。
「蚊がいたの」
 星子は額を撫でた。
「そうしろ。悪ぃ虫に刺されちまったら危ねぇから」
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