過保護な偽装結婚 〜契約妻なのに推し副社長が甘すぎる〜
 作業員たちに、「続けてくれ」と声をかけた洋一は、会長室の向かいにある秘書室へ入っていく。

「小塚秘書も出社したことだし、君たちに紹介したい人がいる」

 七海が席に着くと、洋一はすでに出社していた先輩秘書ふたりを前に話し始める。

「本日付で、新任の副社長を迎えることになった。急なことで、君たちにはまだ話していなかったが、柔軟な対応を頼む」

 副社長ですって……?

 長らく会長と社長が実質的な経営を行ってきたこの会社に、いきなり副社長が来るというのは想定外だった。

 目を見開く七海と同様に、いつも冷静な判断で動く先輩たちも、さすがに戸惑ったのか、無言で目を交わし合う。しかし、秘書たちの動揺にかまわず、洋一は続けて言った。

「では、紹介しよう。副社長に就任する加賀(かが)樹生(いつき)くんだ」
「加賀……」

 その聞き覚えのありすぎる名前を思わずつぶやいてしまい、七海はハッと口元を両手で覆った。

 洋一が後ろを振り返る。秘書室の奥にある社長室の扉がゆっくりと開く。そこから姿を現したのは、七海のよく知る男だった。

(まさか……、ほんとに?)

「初めまして、加賀樹生と言います。こちらには優秀な秘書の方々がそろっていると社長から聞いております。どうぞ、よろしくお願いします」

 長身で、何か運動でもしているのかと思うような細マッチョの彼は、柔和な笑みを浮かべて、品よく佇んでいる。完璧だった。何もかも。その端正な顔つきも、オーダーメイドのスーツに身を包む立ち姿も。

「はい。よろしくお願いいたします」

 こぞって立ち上がり、頭を下げる先輩たちに遅れを取ったが、七海も無理やり笑顔を作りながら頭を下げた。

 内心はパニックに陥っていた。なぜなら彼は、つい昨夜、「結婚しよう」と、いきなりプロポーズしてきた張本人だったのだ。
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