過保護な偽装結婚 〜契約妻なのに推し副社長が甘すぎる〜



 就職してから借りたアパートとのお別れはあっけなかった。離婚を前提としているから当然ではあるが、アパートは解約しないで、樹生が家賃を支払うからと、継続して借りることになった。

 必要な荷物を引越し業者が荷造りしてくれて、七海は布製の収納ボックスを一つだけ抱えて、迎えに来てくれた彼の車に乗り込んだ。

「すぐに必要なもの?」

 業者に頼んだらいいのに、と言わないばかりに樹生はひざの上の収納ボックスを眺めてきたが、七海は薄笑いをしてごまかした。

 これだけは絶対に、絶対に見られたらまずい。

 彼はふしぎそうな顔をしたまま、車を発進させた。

 マンションに到着すると、荷物は全部二階に運び込まれた。すぐに使うものを片付けたいからと言うと、彼はお昼ごはんを買ってくると言って出かけていった。

 七海はようやくほっと息を吐き出して、収納ボックスの蓋を開けた。捨てきれずに残しておいたものだが、久しぶりに目にするうちわへと手を伸ばす。

「樹生さん……やっぱり、あんまり変わってないなぁ」

 うちわに貼り付けられた写真の中で微笑んでいるのは、大学三年生のときの樹生だった。

 これは、名南の大学祭で、樹生の友人に頼まれて七海が手作りしたものだった。音楽サークルに所属していた彼は、学祭でバンド演奏を披露した。そのときに、サークル仲間に会場で配ったものだ。

 樹生に出会うまで、アルバイト代でアイドルの推し活をしていた。恋愛とは生涯無縁だと思っていたから、活動に全力投球していた時期があって、うちわを作るのはお手のものだった。
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