過保護な偽装結婚 〜契約妻なのに推し副社長が甘すぎる〜
「で、どこに行く? この辺、あんまり詳しくないからさ」
「私も……」

 名南大学近くのホテルで同窓会だったとはいえ、卒業以来、ここに来たことはないし、たった数年でも様変わりした景色になじみはなかった。

「じゃあさ、ゼミの仲間とよく行った居酒屋に行こう。名前、覚えてる?」
「……ハル、だよね?」
「ああ、そうそう。そこに行こう」

 樹生はゼミの仲間としょっちゅう飲みに行っていて、何回も利用したことがあるが、七海は一度行ったことがあるだけだった。卒業前だからと、お情け程度に呼ばれて。それでも、名前まで覚えているのは、彼が行きつけにしていたからに他ならなかった。

 樹生のことならなんでも知っている。知られたら、きっと引くぐらい。彼の笑顔も真剣な表情も、自分のまぶたがシャッターを切るかのように下ろされるたびに、目に焼きついた。呼吸も声も、録音されたみたいに脳内で鳴り響いて、その文字もタイピングされた論文も、巻き取ったロール紙のように心に収められている。

(ほんとに……、私って気持ち悪いよね……)

 小さなため息をつきつつも、先導して歩く樹生の後ろについていった。何より、彼に会えたことがうれしかった。少しぐらい、夢を見てもいいんじゃないか。そんなささやかな幸せを手に入れようとした。
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