過保護な偽装結婚 〜契約妻なのに推し副社長が甘すぎる〜



 目覚めても憂鬱な気分は抜けきれておらず、七海は枕元に置いたままのうちわをつかんだ。そのまま持ち上げて、窓の方へと傾ける。

 朝日を受けた樹生が微笑んでいるように見える。まだ学生だった彼のはつらつとした笑顔はもう二度と見られない。今の彼ももう笑ってくれないかもしれない。

「……謝らなきゃ」

 眠る前に何度も悩んだ。朝目覚めたら、明日になったら、樹生が話をしてくれるなら……謝ろうと。

 七海は起き上がると、パジャマの上にカーディガンを羽織って、階段を駆け降りた。

 大好きな推しのアイドルは、みんなのアイドルだった。推し活が続けられなくなったのは、ただ大学三年生になって忙しくなったからだった。意外なほど、あっさりとやめられた。

 でも、同時期にゼミで出会った樹生は違った。彼はみんなに人気があったが、アイドルではなかった。手の届かない推しだと言い聞かせて過ごしていたものの、平静でいられたのは、彼に恋人がいなかったからだ。

 卒業したあとも、会えない時間は長かったのに、忘れることもできなかった。

「樹生さん……」

 リビングのソファーに、樹生は深刻そうな顔つきで座っていた。いつからそうしていたのか見当もつかない。

「ああ……、七海」

 彼は少し驚いた顔をして、すぐにこちらへやってきた。

「樹生さん、あの……私……」

 謝ろうとしたら、両腕をそっとつかまれた。力なくまぶたを伏せる彼の姿に胸が詰まる。

「悪かった。七海の気持ちを無視してあんなことをしても、満足できるはずがなかった」

 自分の気持ちを押し付けたことを後悔するように、彼は頭を下げた。

「無視……してた?」
「してたよ」

 樹生はちょっと笑った。寝不足の目が痛々しく見えたが、こんなときでも彼のまなざしは優しかった。

「ちょっと驚いただけで、嫌なわけじゃなかったから……」

 彼は無言で抱きしめてきた。耳元に押し付けられる頬が震えている。
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