過保護な偽装結婚 〜契約妻なのに推し副社長が甘すぎる〜
 何におびえているかわからないけれど、彼女も両手を伸ばして抱きしめ返した。樹生の背中はとても大きくて、全部包み込むのは無理だった。

「もう大丈夫だから、いつもの樹生さんに戻ってね」
「……ごめん。すぐには難しいから、会社で会おう」

 七海を解放すると、彼はなかなか目を合わせてくれずに自室へ入っていった。

 マンションを出るときもまだ、樹生は部屋から出てこなかった。よほど後悔しているのだろう。今は何も言わずにそっとしておいた方がいいのかもしれない。

(私も謝りたかったんだけどな……)

 でも、その気持ちを押し付けるのは自己満足でしかない。焦っても、得られるものは何もないだろう。

「私たち、似てるのかな」

 つぶやいてから、すぐに首を振った。

 そんなわけない。樹生はいつだって凛とした強さがあって、今はちょっとだけ弱気になっているだけだ。恋愛に消極的な自分とは根本的に違う。

「おはようございます、副社長」

 副社長室に入ってきた樹生に、すぐさま挨拶をした。彼はちょっと驚いたように眉を上げたが、柔和な笑顔を見せて、「おはよう、小塚さん」と言った。いつもの彼だった。

「本日は十四時より、友澤ビルマネジメントの友澤善則社長と宏弥取締役がいらっしゃいます。社長より、副社長も同席するようにとのことです」

 毎朝恒例のスケジュール確認の報告をすると、樹生はほんの少し考え込んだ。

「本郷本部長の出向が決まったから、社長が呼んだのだろうか」

 水増し発注の責任を取って、本郷財務本部長はグループ企業への出向が決まった。定期異動の時期を外した異動なだけに、左遷人事なのは誰もが想像できるだろう。おそらく、本郷は近いうちに辞職するはずだ。

「詳細は副社長に直接伝えるとのことでした」
「そうか。小塚さんも同席するといいんだが……、やめておこうか」

 彼はひとりごとのようにつぶやいたあと、「もういいよ」と、七海に席へ戻るよう促した。
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