過保護な偽装結婚 〜契約妻なのに推し副社長が甘すぎる〜
 七海は知らないだろう。大切な人を失うかもしれないと思ったときの恐怖を。

「で、でも、私たち……まだ……」

 そろそろと顔を出してくる彼女がかわいらしくてたまらず、笑いが漏れた。
 
「結婚もしたし、キスもした。あとはお互いをさらけ出すだけの間柄なんだから」
「キ、キスって……、あれは樹生さんが一方的にしただけなのに」
「七海がいつまでも許してくれないからだ」

 責めるように言ってしまって情けない。だが、真っ赤になって混乱している彼女を見ていると、今だけは許される気がする。

「嫌な記憶になったよな」
「そんなことないよ。ただびっくりしただけで……」

 ああ、朝もそんなことを言っていた。本当に驚かせてしまったのだろう。心優しい彼女は、人の悪意を敏感に察してしまうのかもしれない。

「上書きを、させてくれないだろうか」

 七海はきょとんとしたが、その意味を察すると、ふたたび、ブランケットを引き上げて口を隠してしまった。しかし、辛抱強く待つと決めて、彼女をじっと見つめていると、根負けしたように顔を出す。

「……私も、樹生さんの唇に……触れてみたかったんです……」

 腕を伸ばしてくる彼女の、むき出しになった肩は細く、やはり、どうして大切にしてやれなかったのだろうと反省した。

 素直な気持ちを見せれば、彼女も素直さを見せてくれる。相手の素をありのままに映し出す鏡のような純粋な彼女に、どんな駆け引きもいらない。

 自分の愚かさが、今の苦しい状況を生み出した。彼女を信じるだけでよかったのに。離れていた時間が、自分を弱くした。

 小さな手を握り返す。絡ませ合うように指をつないで、唇を合わせた。昨日の強張ったキスとはまったく違った。最初から、こんなふうに触れ合える関係になれたらよかった。そんな後悔も、忘れさせてくれるような優しさに包まれた。
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