代理意趣返し。
 見開いた私の両目に映り込むのは、普段と同じ、でもどこかが普段とは決定的に違う椎名主任の微笑みだけだ。

「あ」

 右の手首を掴まれる。
 そのまま強引に腕を引かれ、私の身体は座り込んだ椅子から簡単に引き剥がされてしまった。

 びくりと震えた私の肩に気づいているのかいないのか、主任は私を連れて足早に壁際まで歩みを進める。
 壁のすぐ傍、身体がくるりと反転させられ、そして。

 ドン。

 鈍い音。
 遮られた視界。
 握られたままの右手首。
 頬をわずかに掠める、緩やかな吐息。

 なにもかもが、私を現実から引き離していく。

「あの、椎名主任。冗談はやめ、」
「で?」
「っ、え?」
「あいつら。よりによって職場の階段でなにしてたんだって? ……ああ」

 ――キス、だっけ。

 耳元で囁かれた声は、まるで猛毒だ。
 それが鼓膜を貫いて脳へ辿り着くよりも先、椎名主任に拘束されて身動きひとつ取れなくなった私の唇は、彼のそれに簡単に塞がれてしまった。
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