代理意趣返し。
 右の手首は強く握られたまま。
 壁に押しつけられた身体もさっきのままだ。
 私を捕えていないほうの腕も、壁に触れる私の頭のすぐ横に添えられている。

 絶対に、逃げられない。

 吐息がかかる。
 頬をゆっくりと辿っていた唇が、再び口元に寄せられたとすぐに理解が及ぶ。

「しゅ、にん」

 口端からつい漏れてしまった声が、自分の耳に届いたか届かないか、そのときだった。

 ガタン。
 事務所の後方、出入り口の方向から聞こえてきた物音に、びくりと全身が跳ねた。

「あっ……」

 誰だ。
 残業で残っているのは、私と椎名主任だけなのに。

 明らかに人為的な物音がしたきり、事務所内はまた静かになった。誰かが室内に入ってくる様子もない。
 緊張に全身を強張らせたまま、私は震える喉を無理に動かして声を絞り出す。

「……今、のは」

 私の顔色は、きっと一瞬で蒼白になったのだと思う。
 私を壁際に縫いつけたきり、顔色ひとつ変えない椎名主任は、震える私の頬を指先でなぞりながら囁いた。
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