君の隣は、呼吸ができる


慣れないヒールがアスファルトを叩くたび、コツ、コツ、と乾いた音を響かせる。

正直に言うと、新しい靴は歩きにくい。
試し履きした時はピッタリだったはずなのに。
歩くと、足先はじんわり熱を持って、つま先の部分が窮屈に感じる。

いつものフラットシューズなら気にも留めない坂道が、今日はやたらときつく感じて息切れしてくる。

はたから見ると、ぎこちない歩き方かもしれない。

朝から住宅街に鳴り響くセミの声。
なんだか私を笑っているみたいに聞こえてくる。


少し前を歩く真樹を、じとっと見つめた。

強い日差しに照らされて、さすがに彼もうっすらと肌が汗ばんでいた。

それでも、清潔感がある姿は変わらない。
前髪をかき上げて横の髪を耳にかけていると、やっぱり今日はいつも以上に大人っぽい。

スッキリした顔周りと、男の人らしい喉元に目がいく。

思わずゴクリと息を飲む自分にハッとする。

(私ばかり落ち着かなくて……なんか嫌だな)

思い切り首を振って、自分の足元に視線を落とす。

(……私は、大人っぽく見えないのかな……?)

驚いてくれた気がしたのに。何も言ってもらえなくて少し寂しい。
こっちの変化にも気付いてくれているなら、彼の口から一言ほしい。

いつもと違って、会話がないのも気になる。
なんとなく空気が重苦しくて。
さっきまで浮かれていた気持ちまで、しぼんでしまいそうだった。


――こうなったら。

顔を上げて、小走りで真樹の横に並ぶ。

「ねえ、真樹のスーツ姿って、その……カッコイイね!」

本人に向かって、「カッコイイ」と口にするのは少し恥ずかしかった。
今まで、容姿をこうやって褒めることが無かったから。

「仕事できそうって、みんな思いそうだね」

夏のジャケット姿が新鮮だし、本当によく似合っている。

「会社でモテるんだろうなぁ」

ちょっとだけ、からかうような言い方になったかもしれない。

とにかく真樹の反応を見たかった。
急に笑い出すかもしれないし、気を良くして私にも何か言ってくれるんじゃないかと、淡い期待をしていた。

でも、彼の表情は変わらない。
少しだけ不安になりながらも、思いきり笑顔で彼を見上げた。

「やっぱり、背が高いって得だよね!」

すると、真樹がぴたりと足を止めた。

「わっ」

思わず彼にぶつかりそうになって、私も慌てて立ち止まる。

体をこちらに向けて、じろりと向けられた視線は、いつもの穏やかさとは程遠い。

「……」

私の目を見て、わずかな沈黙。

「……それ、関係ある?」

「え?」

真樹は一度だけ息を吐くと、無表情のまま私をまっすぐ見下ろす。

「……若葉は、そこしか見ないんだな」

温度のない低い声に、心臓が嫌な音を立てる。

(何か……怒ってる……?)

ズキン、と胸が痛んだ。
褒めたつもりだったのに、明るい空気にしたかっただけなのに。
真樹に拒絶されたのが伝わった。
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