君の隣は、呼吸ができる
✴

慣れないヒールがアスファルトを叩くたび、コツ、コツ、と乾いた音を響かせる。

正直に言うと、新しい靴は歩きにくい。
試し履きした時はピッタリだったはずなのに。
歩くと、足先はじんわり熱を持って、つま先の部分が窮屈に感じる。

いつものフラットシューズなら気にも留めない坂道が、今日はやたらときつく感じて息切れしてくる。

はたから見ると、ぎこちない歩き方かもしれない。

朝から住宅街に鳴り響くセミの声。
なんだか私を笑っているみたいに聞こえてくる。


少し前を歩く真樹を、じとっと見つめた。

強い日差しに照らされて、さすがに彼もうっすらと肌が汗ばんでいた。

それでも、清潔感がある姿は変わらない。
前髪をかき上げて横の髪を耳にかけていると、やっぱり今日はいつも以上に大人っぽい。

スッキリした顔周りと、男の人らしい喉元に目がいく。

思わずゴクリと息を飲む自分にハッとする。

(私ばかり落ち着かなくて……なんか嫌だな)

思い切り首を振って、自分の足元に視線を落とす。

(……私は、大人っぽく見えないのかな……?)

驚いてくれた気がしたのに。何も言ってもらえなくて少し寂しい。
こっちの変化にも気付いてくれているなら、彼の口から一言ほしい。

いつもと違って、会話がないのも気になる。
なんとなく空気が重苦しくて。
さっきまで浮かれていた気持ちまで、しぼんでしまいそうだった。


――こうなったら。

顔を上げて、小走りで真樹の横に並ぶ。

「ねえ、真樹のスーツ姿って、その……かっこいいね!」

本人に向かって、「かっこいい」と口にするのは少し恥ずかしかった。
今まで、容姿をこうやって褒めることが無かったから。

「仕事できそうって、みんな思いそうだね」

夏のジャケット姿が新鮮だし、本当によく似合っている。

「会社でモテるんだろうなぁ」

ちょっとだけ、からかうような言い方になったかもしれない。

とにかく真樹の反応を見たかった。
急に笑い出すかもしれないし、気を良くして私にも何か言ってくれるんじゃないかと、淡い期待をしていた。

でも、彼の表情は変わらない。
少しだけ不安になりながらも、思いきり笑顔で彼を見上げた。

「やっぱり、背が高いって得だよね!」

すると、真樹がぴたりと足を止めた。

「わっ」

思わず彼にぶつかりそうになって、私も慌てて立ち止まる。

体をこちらに向けて、じろりと向けられた視線は、いつもの穏やかさとは程遠い。

「……」

私の目を見て、わずかな沈黙。

「……それ、関係ある?」

「え?」

真樹は一度だけ息を吐くと、無表情のまま私をまっすぐ見下ろす。

「……若葉は、そこしか見ないんだな」

温度のない低い声に、心臓が嫌な音を立てる。

(何か……怒ってる……?)

ズキン、と胸が痛んだ。
褒めたつもりだったのに、明るい空気にしたかっただけなのに。
真樹に拒絶されたのが伝わった。
< 29 / 99 >

この作品をシェア

pagetop