君の隣は、呼吸ができる
お昼から、だいぶ時間が過ぎていた。

胸いっぱいで空腹なんて忘れていたけれど。
遅いランチを食べてから帰ろうという話になった途端、お腹がぐぅっと鳴った。

真樹が玄関の鍵を閉めると、金属の重なる小さな音が廊下に響く。

マンションの外はさらに熱気が充満していて、あちこちからセミの鳴き声が聞こえてきた。

彼の大きな手に包まれた、葉っぱを抱えたハムスターのキーホルダーに目がいく。

(この子はいいな。これからずっと、真樹と一緒なんだから)

私は、そっと横顔を見上げた。

「ねえ、真樹」

「ん?」

「また、遊びに来ても……いい?」

探るように見つめると、真樹はすぐに笑顔で頷く。

「もちろん、いつでも」

その一言で、胸が満たされる。


「あのさ、若葉」

ゴツゴツした指で、私の頬を撫でる。

「隣の家じゃなくなるだけ、だからな?」

いつもの笑顔だけれど、少しだけ無理しているようにも見えた。

(あ……)

引き戸の前で呟いたことを思い出す。

「私の声、聞こえてたの?」

真樹はやさしく目を細めるだけで、何も言わなかった。

きっと、その言葉は私だけのためじゃない。

そんな気がした。

それから、手の中のハムスターのキーホルダーへ視線を落とす。
彼は、何かを思いついたように、ふっと口元を緩めていた。


どちらからともなく手を伸ばして、指を絡ませる。

隣の家じゃなくなっても。毎朝、顔を合わせなくなっても。

昨日までより、真樹はずっと近くにいる。

そう思うと、胸に刺さっていた寂しさは和らいで、私は小さく微笑む。

幼馴染だった私たちは、今、恋人として新しい一歩を踏み出した。


私の隣に、真樹がいる。

この幸せな気持ちをかみしめながら、私はほっとしたように呼吸をした。



終・恋人になった次の日 ―第14話と第15話の間の物語―
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