君の隣は、呼吸ができる
駅前の大通りを抜けて、少し細い道へ入る。

さっきまでの騒がしい車の音は遠ざかり、辺りはしっとりとした静けさに包まれた。
通りに並ぶ小さなお店から明かりが漏れて、薄暗くなり始めた歩道を柔らかく照らしている。

「お店、もうすぐだよね?」

「そう。この先にあるはず」

真樹の言葉と同時に、小さな交差点の信号が赤に変わった。

足を止めると、どこからか魚を焼く香ばしい匂いが漂ってくる。

(お腹空いたなぁ……)

そんなことを考えながらぼんやり前を見ていた、その時だった。

少し先に立つ男の人と女の人が、楽しそうに囁き合いながら顔を寄せた。

ほんの一瞬、触れるだけのキスをすると、何事もなかったように離れて笑い合う。
私は思わず目を見開いた。

(なあああああーーーー!!!!!)

心の中で絶叫する。
人様のキスを間近で見てしまって、顔から火を噴きそうになる。


(すごい……!)
(あんなに自然に、信号待ちで……)

ちらりと隣を見上げると、真樹の顔がものすごく遠い。

(恋人っぽいなぁ。羨ましいなぁ)

私たちは、立ったままあの人たちと同じことをするのは難しい。


「……」

真樹にぴったり寄り添うと、繋いでいた手を離して彼のジャケットの裾を掴んだ。
そして、背伸びをして、思いきり踵を浮かせる。

真樹が不思議そうな顔で私を見下ろした。

背筋を伸ばして。顔を上げて。

もう少し、もうちょっとだけ――。

(足が……ぷるぷるする……っ)

「んー……っ」

必死に唇を突き出す私を、真樹はじっと見つめている。


彼の肩が震えだしたかと思うと、自分の口元を手で覆った。

「……プッ!!」

(ああ!? 今、笑ったあああーーー!)

たまらず踵を下ろして離れると、勢いよく顔をそむけた。

笑われた恥ずかしさが込み上げてきて、さっきまで浮かれていた気持ちが急にしぼんでいく。
やっぱり、私がこんなことをするのは似合わないんだ。
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