君の隣は、呼吸ができる
「ごめんね。少し休めば――」

言い終わるより早く、真樹が私の前で身を屈めた。
何をするのかと目で追う間もなく、背中と膝の裏に長い腕が回る。

「え……?」

(こ、こ、これは――!)

視界が揺れて、身体がふわりと浮き上がった。

「ぎゃああああーーーーーー!!」

静かな通りに、私の絶叫が響き渡る。
急に遠くなった地面に驚いて、反射的に真樹の首へしがみついた。

「うわっ、うるさ!」
「何で若葉はいつも叫ぶんだよ」

「だ、だって急にぃぃ……っ!」

「頼むから落ち着け。人攫いだと思われるだろ」

苦笑しながらも、真樹の声にはわずかな焦りが滲んでいる。

その言葉にハッとして周りを見ると、道行く人たちが何事かと一斉にこちらを振り返っていた。

さらに、近くの中華料理屋の扉まで勢いよく開く。
中華鍋を持った料理人と、お玉を握った店員さんが、目を丸くしてこちらを覗き込んでいた。

「ひゃああ、ごめんなさい……っ!」
「これは誘拐じゃないです、か、彼氏ですうう……!」

恥ずかしさに耐えきれなくなり、私は真樹の胸元へ顔をうずめた。
頭の上から、真樹が堪えきれずに吹き出す気配がする。


「……うう、恥ずかしいよぉ」

「顔隠してればいいだろ」
「……大通りに戻って靴屋に行くぞ」

「ええっ!? ……こ、このままで?」

思わず顔を上げると、真樹の横顔が思っていたよりも近くにあって、さらに恥ずかしくなる。

「当たり前だろ。その足で歩かせられない」

そう言う彼の耳は、よく見ると赤くなっていた。

真樹だって、すっごく恥ずかしいはずなのに。

彼はたくさんの視線を浴びながら、力強い足取りでさっきの道を戻っていく。


「ごめんね……真樹」

「謝るなよ、大丈夫だから」

真樹は小さく笑いながら、私を抱く腕にぎゅっと力を込めた。


台無しになりかけている記念日デートなのに。
彼は文句ひとつ言わず、相変わらず優しい。

真樹の瞳には、街の光がキラキラと反射していて、吸い込まれそうなほど綺麗だった。
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