好きが止まらない
第4話 共有のレシピノート
休日の午後。
私は少しだけ緊張しながらカフェ・ルーチェのドアを開けた。
今日は悠真さんの試作ケーキの味見を頼まれている。
たったそれだけのことなのに、朝から落ち着かなかった。
「いらっしゃい」
カウンターの向こうから悠真さんが手を振る。
その笑顔を見ただけで、胸が少し温かくなった。
「お待たせしました」
「全然。ちょうどできたところです」
そう言って運ばれてきたのは、小さなチーズケーキだった。
表面は綺麗な焼き色がついている。
見るからに美味しそうだ。
「どうぞ」
フォークを入れる。
ひと口。
優しい甘さが口いっぱいに広がった。
思わず目を見開く。
「美味しいです」
「本当ですか?」
「本当に」
私は何度も頷いた。
「甘すぎなくて好きです」
その言葉に悠真さんは安心したように息を吐いた。
「よかった」
まるで自分のことのように嬉しくなる。
誰かが頑張って作ったものを褒めるのは好きだった。
でも。
この人が相手だと、いつもより嬉しそうにしてしまう自分がいる。
◇
店が落ち着いた頃。
私はカウンター席で本を読んでいた。
悠真さんは仕込みをしている。
不思議な時間だった。
会話をしているわけではない。
でも居心地がいい。
静かな図書館とは違う。
コーヒーの香りと食器の音が混ざる空間。
嫌いじゃなかった。
「雨宮さん」
「はい?」
「ちょっと相談があるんです」
悠真さんが一冊のノートを持ってきた。
新品の大学ノートだった。
「相談?」
「レシピを書き留めるノートなんですけど」
そう言いながら表紙を開く。
中には綺麗な字でコーヒーやケーキのレシピが書かれていた。
「すごい」
「まだ途中なんですけどね」
悠真さんは少し照れくさそうに笑う。
そして、空いているページを開いた。
「ここ」
「?」
「雨宮さんも何か書きません?」
私はきょとんとした。
「私が?」
「この前の肉じゃが、美味しかったので」
思わず笑ってしまう。
「肉じゃがですか」
「知りたいです」
真面目な顔で言われる。
断れる雰囲気ではない。
私はペンを受け取った。
久しぶりに書くレシピ。
材料。
作り方。
母から教わった通りの手順。
書き終わると、悠真さんは嬉しそうにノートを見た。
「これで作れます」
「そんな大げさな……」
「大事ですよ」
その言葉に、なぜか胸がくすぐったくなった。
◇
それからだった。
ノートは少しずつ増えていった。
私がおすすめの家庭料理を書く。
悠真さんがコーヒーの淹れ方を書く。
私が簡単なお菓子を書く。
悠真さんが新作ケーキのメモを書く。
二人だけのノート。
誰に頼まれたわけでもない。
特別な約束があるわけでもない。
それなのに。
ページが増えるたび、私は嬉しくなった。
◇
帰る前。
ノートを閉じながら悠真さんが言った。
「なんかいいですね」
「何がですか?」
「これ」
表紙を軽く叩く。
「交換日記みたいで」
私は思わずむせそうになった。
交換日記。
その言葉は反則だ。
「そ、そうですか?」
「違います?」
悪気のない笑顔。
困る。
本当に困る。
「……少しだけ」
そう答えるのが精一杯だった。
◇
帰宅後。
私は夕食を作りながら考えていた。
今日のこと。
カフェで過ごした時間。
レシピノート。
交換日記みたいだと言われたこと。
思い出すだけで顔が熱くなる。
こんなのは良くない。
ただの隣人だ。
ただの友人だ。
そう言い聞かせる。
けれど。
キッチンの隅に置いたノートのコピーを見つめながら、私は小さく笑った。
次は何を書こう。
そんなことを考えている。
気づけば、悠真さんとの時間が日常になり始めていた。
そして私はまだ知らない。
好きになるほど怖くなる自分と、もうすぐ向き合うことになることを。
私は少しだけ緊張しながらカフェ・ルーチェのドアを開けた。
今日は悠真さんの試作ケーキの味見を頼まれている。
たったそれだけのことなのに、朝から落ち着かなかった。
「いらっしゃい」
カウンターの向こうから悠真さんが手を振る。
その笑顔を見ただけで、胸が少し温かくなった。
「お待たせしました」
「全然。ちょうどできたところです」
そう言って運ばれてきたのは、小さなチーズケーキだった。
表面は綺麗な焼き色がついている。
見るからに美味しそうだ。
「どうぞ」
フォークを入れる。
ひと口。
優しい甘さが口いっぱいに広がった。
思わず目を見開く。
「美味しいです」
「本当ですか?」
「本当に」
私は何度も頷いた。
「甘すぎなくて好きです」
その言葉に悠真さんは安心したように息を吐いた。
「よかった」
まるで自分のことのように嬉しくなる。
誰かが頑張って作ったものを褒めるのは好きだった。
でも。
この人が相手だと、いつもより嬉しそうにしてしまう自分がいる。
◇
店が落ち着いた頃。
私はカウンター席で本を読んでいた。
悠真さんは仕込みをしている。
不思議な時間だった。
会話をしているわけではない。
でも居心地がいい。
静かな図書館とは違う。
コーヒーの香りと食器の音が混ざる空間。
嫌いじゃなかった。
「雨宮さん」
「はい?」
「ちょっと相談があるんです」
悠真さんが一冊のノートを持ってきた。
新品の大学ノートだった。
「相談?」
「レシピを書き留めるノートなんですけど」
そう言いながら表紙を開く。
中には綺麗な字でコーヒーやケーキのレシピが書かれていた。
「すごい」
「まだ途中なんですけどね」
悠真さんは少し照れくさそうに笑う。
そして、空いているページを開いた。
「ここ」
「?」
「雨宮さんも何か書きません?」
私はきょとんとした。
「私が?」
「この前の肉じゃが、美味しかったので」
思わず笑ってしまう。
「肉じゃがですか」
「知りたいです」
真面目な顔で言われる。
断れる雰囲気ではない。
私はペンを受け取った。
久しぶりに書くレシピ。
材料。
作り方。
母から教わった通りの手順。
書き終わると、悠真さんは嬉しそうにノートを見た。
「これで作れます」
「そんな大げさな……」
「大事ですよ」
その言葉に、なぜか胸がくすぐったくなった。
◇
それからだった。
ノートは少しずつ増えていった。
私がおすすめの家庭料理を書く。
悠真さんがコーヒーの淹れ方を書く。
私が簡単なお菓子を書く。
悠真さんが新作ケーキのメモを書く。
二人だけのノート。
誰に頼まれたわけでもない。
特別な約束があるわけでもない。
それなのに。
ページが増えるたび、私は嬉しくなった。
◇
帰る前。
ノートを閉じながら悠真さんが言った。
「なんかいいですね」
「何がですか?」
「これ」
表紙を軽く叩く。
「交換日記みたいで」
私は思わずむせそうになった。
交換日記。
その言葉は反則だ。
「そ、そうですか?」
「違います?」
悪気のない笑顔。
困る。
本当に困る。
「……少しだけ」
そう答えるのが精一杯だった。
◇
帰宅後。
私は夕食を作りながら考えていた。
今日のこと。
カフェで過ごした時間。
レシピノート。
交換日記みたいだと言われたこと。
思い出すだけで顔が熱くなる。
こんなのは良くない。
ただの隣人だ。
ただの友人だ。
そう言い聞かせる。
けれど。
キッチンの隅に置いたノートのコピーを見つめながら、私は小さく笑った。
次は何を書こう。
そんなことを考えている。
気づけば、悠真さんとの時間が日常になり始めていた。
そして私はまだ知らない。
好きになるほど怖くなる自分と、もうすぐ向き合うことになることを。