好きが止まらない
第5話 好きになるほど
恋だと気づいたのは、ほんの些細なことだった。
ある日の昼休み。
図書館の休憩室で同僚たちが話していた。
「駅前のカフェ、行った?」
「行った行った。店長さん、かっこいいよね」
「優しいしね」
何気ない会話だった。
けれど私は、本を読むふりをしながら耳を傾けてしまっていた。
店長さん。
優しい。
かっこいい。
それが悠真さんのことだと分かっていたから。
「彼女いるのかな?」
誰かがそう言った瞬間。
胸がざわついた。
ページをめくる手が止まる。
知らない。
考えたこともなかった。
いや、本当は考えないようにしていただけかもしれない。
その日の帰り道も、その言葉が頭から離れなかった。
彼女がいるのだろうか。
好きな人はいるのだろうか。
そんなことを気にしている時点で、もう答えは出ている。
私は立ち止まった。
夕暮れの空を見上げる。
そしてようやく認める。
──私は悠真さんが好きなんだ。
認めた瞬間、胸が苦しくなった。
嬉しいわけではなかった。
むしろ怖かった。
◇
大学生の頃、一度だけ本気で好きになった人がいた。
同じサークルの先輩だった。
優しくて、よく話を聞いてくれて。
私は少しずつ好きになった。
でも、想いを伝えた途端に距離ができた。
「ごめん」
たった一言。
それだけだった。
振られたことより、その後の方がつらかった。
今まで普通に話していたのに。
目が合わなくなった。
連絡も来なくなった。
好きだと伝えたことで、全部なくなってしまった。
あの時からだった。
好きになることが怖くなったのは。
◇
「雨宮さん?」
声をかけられて顔を上げる。
気づけばカフェ・ルーチェの前だった。
仕事帰りに寄るのが習慣になっていた。
「考え事ですか?」
悠真さんが心配そうに覗き込む。
近い。
慌てて視線を逸らす。
「いえ」
嘘だった。
本当は目の前の人のことを考えていた。
「疲れてます?」
「大丈夫です」
「無理しないでくださいね」
優しい声。
その優しさが今は少し苦しかった。
好きだから。
好きになってしまったから。
以前のように気楽ではいられない。
◇
帰宅後。
私はレシピノートを開いた。
悠真さんの字が並んでいる。
コーヒーの淹れ方。
チーズケーキのレシピ。
新作メニューのメモ。
ページをめくるたびに思い出が増えていく。
本当なら幸せなはずなのに。
胸の奥に不安が広がる。
もし。
この関係が壊れたら。
もし。
私だけが好きだったら。
今の時間も全部なくなってしまうのだろうか。
そう考えた瞬間、ノートを閉じた。
これ以上好きになってはいけない。
傷つくのは嫌だ。
失うのも怖い。
だから──。
少し距離を置こう。
私はそう決めた。
◇
翌日。
仕事帰りにカフェへ向かう足が止まった。
行こうと思えば行ける。
でも行かなかった。
その次の日も。
そのまた次の日も。
レシピノートは鞄に入ったまま。
悠真さんからのメッセージも来ていない。
当たり前だ。
私たちは恋人でも何でもない。
ただの隣人。
ただの友人。
それだけ。
そう言い聞かせる。
なのに。
アパートの廊下で隣のドアが開く音がするたび、胸が高鳴る。
カフェの前を通るたび、視線が向いてしまう。
考えないようにするほど、考えてしまう。
忘れようとするほど、会いたくなる。
好きという気持ちは、こんなにも厄介だったのか。
私は知らなかった。
そしてその頃。
何も知らない悠真もまた、少しずつ違和感を覚え始めていた。
最近、雨宮さんが来ない。
その事実に。
ある日の昼休み。
図書館の休憩室で同僚たちが話していた。
「駅前のカフェ、行った?」
「行った行った。店長さん、かっこいいよね」
「優しいしね」
何気ない会話だった。
けれど私は、本を読むふりをしながら耳を傾けてしまっていた。
店長さん。
優しい。
かっこいい。
それが悠真さんのことだと分かっていたから。
「彼女いるのかな?」
誰かがそう言った瞬間。
胸がざわついた。
ページをめくる手が止まる。
知らない。
考えたこともなかった。
いや、本当は考えないようにしていただけかもしれない。
その日の帰り道も、その言葉が頭から離れなかった。
彼女がいるのだろうか。
好きな人はいるのだろうか。
そんなことを気にしている時点で、もう答えは出ている。
私は立ち止まった。
夕暮れの空を見上げる。
そしてようやく認める。
──私は悠真さんが好きなんだ。
認めた瞬間、胸が苦しくなった。
嬉しいわけではなかった。
むしろ怖かった。
◇
大学生の頃、一度だけ本気で好きになった人がいた。
同じサークルの先輩だった。
優しくて、よく話を聞いてくれて。
私は少しずつ好きになった。
でも、想いを伝えた途端に距離ができた。
「ごめん」
たった一言。
それだけだった。
振られたことより、その後の方がつらかった。
今まで普通に話していたのに。
目が合わなくなった。
連絡も来なくなった。
好きだと伝えたことで、全部なくなってしまった。
あの時からだった。
好きになることが怖くなったのは。
◇
「雨宮さん?」
声をかけられて顔を上げる。
気づけばカフェ・ルーチェの前だった。
仕事帰りに寄るのが習慣になっていた。
「考え事ですか?」
悠真さんが心配そうに覗き込む。
近い。
慌てて視線を逸らす。
「いえ」
嘘だった。
本当は目の前の人のことを考えていた。
「疲れてます?」
「大丈夫です」
「無理しないでくださいね」
優しい声。
その優しさが今は少し苦しかった。
好きだから。
好きになってしまったから。
以前のように気楽ではいられない。
◇
帰宅後。
私はレシピノートを開いた。
悠真さんの字が並んでいる。
コーヒーの淹れ方。
チーズケーキのレシピ。
新作メニューのメモ。
ページをめくるたびに思い出が増えていく。
本当なら幸せなはずなのに。
胸の奥に不安が広がる。
もし。
この関係が壊れたら。
もし。
私だけが好きだったら。
今の時間も全部なくなってしまうのだろうか。
そう考えた瞬間、ノートを閉じた。
これ以上好きになってはいけない。
傷つくのは嫌だ。
失うのも怖い。
だから──。
少し距離を置こう。
私はそう決めた。
◇
翌日。
仕事帰りにカフェへ向かう足が止まった。
行こうと思えば行ける。
でも行かなかった。
その次の日も。
そのまた次の日も。
レシピノートは鞄に入ったまま。
悠真さんからのメッセージも来ていない。
当たり前だ。
私たちは恋人でも何でもない。
ただの隣人。
ただの友人。
それだけ。
そう言い聞かせる。
なのに。
アパートの廊下で隣のドアが開く音がするたび、胸が高鳴る。
カフェの前を通るたび、視線が向いてしまう。
考えないようにするほど、考えてしまう。
忘れようとするほど、会いたくなる。
好きという気持ちは、こんなにも厄介だったのか。
私は知らなかった。
そしてその頃。
何も知らない悠真もまた、少しずつ違和感を覚え始めていた。
最近、雨宮さんが来ない。
その事実に。