好きが止まらない

第6話 すれ違う気持ち

カフェへ行かなくなって、一週間が過ぎた。

最初はこれでいいと思っていた。

会わなければ、気持ちも落ち着く。

そう信じていた。

けれど現実は違った。

会わなくなったからといって、好きな気持ちが消えるわけではない。

むしろ逆だった。

仕事中も。

帰り道も。

夕食を作っている時も。

気づけば悠真さんのことを考えている。

カフェのコーヒーの香り。

優しい笑顔。

レシピノート。

思い出したくないのに、次々と思い出してしまう。

「重症だな……」

誰もいない部屋で呟いた。



その週の土曜日。

私は買い物帰りにアパートへ戻ってきた。

階段を上がる。

すると、隣の部屋のドアが開いた。

「あ」

声が重なる。

悠真さんだった。

久しぶりに顔を合わせた。

一週間しか経っていないのに、ずいぶん長く感じる。

「こんにちは」

「こ、こんにちは」

ぎこちない。

自分でも分かるくらい不自然だった。

悠真さんは少しだけ困ったような顔をした。

「最近、忙しいですか?」

心臓が跳ねる。

「え?」

「カフェに来てないから」

やっぱり気づいていた。

当然だ。

今まで週に何度も通っていたのだから。

「仕事が少し……」

咄嗟に嘘をつく。

本当は違う。

ただ好きになりすぎて怖くなっただけ。

「そっか」

悠真さんは笑った。

でも、その笑顔はどこか寂しそうに見えた。

「無理しないでくださいね」

「はい」

それだけ言って部屋へ逃げ込んだ。

ドアを閉める。

背中を預ける。

そして深く息を吐いた。

最低だ。

心配してくれているのに。

私は逃げてばかりいる。



その夜。

ベランダに洗濯物を取り込もうと出ると、隣から声がした。

「雨宮さん」

驚いて振り返る。

仕切り越しに悠真さんが立っていた。

「こんばんは」

「こんばんは……」

夜風が吹く。

沈黙が落ちる。

先に口を開いたのは悠真さんだった。

「何かありました?」

私は目を見開いた。

「え?」

「最近、元気ないから」

図書館でも言われたことがある。

私は気持ちが顔に出やすいらしい。

「何もないです」

反射的に答える。

「本当に?」

優しい声だった。

責めるような言い方ではない。

だから余計につらい。

本当のことなんて言えるはずがない。

あなたが好きだから避けています、なんて。

「大丈夫です」

ようやくそれだけ言う。

悠真さんは少し黙った。

それから、

「ならいいんです」

と笑った。

でも。

その笑顔はどこか無理をしているようにも見えた。



部屋へ戻ったあと、私は窓の外を見つめていた。

どうしてこうなってしまったんだろう。

以前はもっと自然だった。

話すだけで楽しかった。

会えるだけで嬉しかった。

なのに今は、自分の気持ちに振り回されている。

好きになる前に戻れたらいいのに。

そんなことを考えてしまう。

けれど。

戻りたいとは本当は思っていなかった。

好きになる前より、今の方がずっと大切だから。

だから苦しい。



同じ頃。

カフェ・ルーチェでは。

閉店後の店内で、悠真がレシピノートを眺めていた。

ページを開く。

肉じゃが。

卵焼き。

簡単プリン。

そこには陽菜の字が並んでいる。

最近は新しいページが増えていない。

ペンを持つ。

けれど何も書けない。

「嫌われた……わけじゃないよな」

ぽつりと呟く。

思い当たることはない。

何か失礼なことをしただろうか。

それとも自分が気づいていないだけだろうか。

答えは分からない。

分からないからこそ気になった。

会えないことが、こんなにも寂しいなんて思わなかった。

悠真は静かにノートを閉じた。

そして知らず知らずのうちに、ある事実を認め始めていた。

雨宮陽菜という存在が、自分の中で思っていた以上に大きくなっていることを。

しかしその翌週。

二人のすれ違いは、さらに大きくなっていく。

陽菜がある噂を耳にしてしまうからだった。

──悠真には、忘れられない人がいる。

そんな噂を。
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