好きが止まらない

第6話 すれ違う気持ち

カフェへ行かなくなって、一週間が過ぎた。

最初はこれでいいと思っていた。

会わなければ、気持ちも落ち着く。

そう信じていた。

けれど現実は違った。

会わなくなったからといって、好きな気持ちが消えるわけではない。

むしろ逆だった。

仕事中も。

帰り道も。

夕食を作っている時も。

気づけば悠真さんのことを考えている。

カフェのコーヒーの香り。

優しい笑顔。

レシピノート。

思い出したくないのに、次々と思い出してしまう。

「重症だな……」

誰もいない部屋で呟いた。

◇

その週の土曜日。

私は買い物帰りにアパートへ戻ってきた。

階段を上がる。

すると、隣の部屋のドアが開いた。

「あ」

声が重なる。

悠真さんだった。

久しぶりに顔を合わせた。

一週間しか経っていないのに、ずいぶん長く感じる。

「こんにちは」

「こ、こんにちは」

ぎこちない。

自分でも分かるくらい不自然だった。

悠真さんは少しだけ困ったような顔をした。

「最近、忙しいですか?」

心臓が跳ねる。

「え?」

「カフェに来てないから」

やっぱり気づいていた。

当然だ。

今まで週に何度も通っていたのだから。

「仕事が少し……」

咄嗟に嘘をつく。

本当は違う。

ただ好きになりすぎて怖くなっただけ。

「そっか」

悠真さんは笑った。

でも、その笑顔はどこか寂しそうに見えた。

「無理しないでくださいね」

「はい」

それだけ言って部屋へ逃げ込んだ。

ドアを閉める。

背中を預ける。

そして深く息を吐いた。

最低だ。

心配してくれているのに。

私は逃げてばかりいる。

◇

その夜。

ベランダに洗濯物を取り込もうと出ると、隣から声がした。

「雨宮さん」

驚いて振り返る。

仕切り越しに悠真さんが立っていた。

「こんばんは」

「こんばんは……」

夜風が吹く。

沈黙が落ちる。

先に口を開いたのは悠真さんだった。

「何かありました?」

私は目を見開いた。

「え?」

「最近、元気ないから」

図書館でも言われたことがある。

私は気持ちが顔に出やすいらしい。

「何もないです」

反射的に答える。

「本当に?」

優しい声だった。

責めるような言い方ではない。

だから余計につらい。

本当のことなんて言えるはずがない。

あなたが好きだから避けています、なんて。

「大丈夫です」

ようやくそれだけ言う。

悠真さんは少し黙った。

それから、

「ならいいんです」

と笑った。

でも。

その笑顔はどこか無理をしているようにも見えた。

◇

部屋へ戻ったあと、私は窓の外を見つめていた。

どうしてこうなってしまったんだろう。

以前はもっと自然だった。

話すだけで楽しかった。

会えるだけで嬉しかった。

なのに今は、自分の気持ちに振り回されている。

好きになる前に戻れたらいいのに。

そんなことを考えてしまう。

けれど。

戻りたいとは本当は思っていなかった。

好きになる前より、今の方がずっと大切だから。

だから苦しい。

◇

同じ頃。

カフェ・ルーチェでは。

閉店後の店内で、悠真がレシピノートを眺めていた。

ページを開く。

肉じゃが。

卵焼き。

簡単プリン。

そこには陽菜の字が並んでいる。

最近は新しいページが増えていない。

ペンを持つ。

けれど何も書けない。

「嫌われた……わけじゃないよな」

ぽつりと呟く。

思い当たることはない。

何か失礼なことをしただろうか。

それとも自分が気づいていないだけだろうか。

答えは分からない。

分からないからこそ気になった。

会えないことが、こんなにも寂しいなんて思わなかった。

悠真は静かにノートを閉じた。

そして知らず知らずのうちに、ある事実を認め始めていた。

雨宮陽菜という存在が、自分の中で思っていた以上に大きくなっていることを。

しかしその翌週。

二人のすれ違いは、さらに大きくなっていく。

陽菜がある噂を耳にしてしまうからだった。

──悠真には、忘れられない人がいる。

そんな噂を。
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