高嶺の西園寺くんは、地味な影山さんに興味を持たれたい!
王子とクラゲが僕たちに教えてくれたこと
まず、この素晴らしい物語の種を僕に植え付けてくださったあなたに、最大の感謝を捧げさせてください。
この物語を思いついた私の脳内では「勝ったな」という確信と、ラブコメ作家としての血が激しく騒ぎ立てました。
「恋に興味のない学校のアイドル」
「地味子に変装した、イケメン恐怖症の超絶美少女の転校生」
「なぜか彼女に執着してしまうけれど、それが恋だと気づかない王子」
そして「眼鏡が外れて素顔が暴かれる劇的なカタルシス」――。
これ、面白くならないわけがないんですよね。
王道でありながら、読者が求めている「じれキュン」のツボをこれでもかと的確に突いている。
特に私が執筆していて一番ゾクゾクしたのは、主人公である西園寺遥の「無自覚さ」の描き方でした。
普通のイケメンであれば、女の子に無視されたら「なんだあいつ?」で終わるか、あるいはプライドが傷ついてちょっと意地悪するくらいで終わるはずなんです。
だけど、遥はこれまで「誰もが自分を好きになる世界」で生きてきた天才です。彼にとって、世界はあまりにもイージーモードすぎた。
そんな彼の前に、突如として現れた「自分をただの背景として処理する少女」影山海月。
遥にとって、彼女は人生で初めて現れた「バグ」だったわけです。ゲームで言えば、どんな攻撃も通じない無敵の隠しボス。
だからこそ、彼はムキになった。最初は「俺を認識させたい」「プライドを奪い返したい」という、極めてエゴイスティックな動機から始まったアプローチが、気づけば「彼女の特別になりたい」という独占欲にすり替わっていく。
この「なんで俺、あいつのことばかり考えてるんだ?」と頭を抱える遥の姿を1章や2章で書いている時間は、プロデューサー的な目線で見ても本当に楽しかったです。「おい西園寺、それはな、世間一般では『初恋』って呼ぶんだよ!」と、読者目線でツッコミを入れながらニヤニヤできる。この「読者だけが主人公の恋を知っている」という構造こそが、少女漫画やライトノベルにおける最高のスパイスなんだと、改めて実感させられました。
ここで、本作を支えてくれた二人の主人公について、本編の行間を埋めるようにディープに語らせてください。まずは、みんなの王子様、西園寺遥について。
彼は作中で「学校のアイドル」と呼ばれていますが、私の中での裏設定として、彼は一種の「完璧主義の怪物」でした。
頭が良いのも、顔が良いのも、スポーツができるのも、彼にとっては「周囲の期待に応えるための最低条件」に過ぎなかった。だから、彼は常に笑顔の仮面を貼り付けて、全校生徒に対して公平に、優しく接していた。それは一見すると聖人のようですが、裏を返せば「誰一人として心の奥底には入れていない」という、底冷えするような孤独の裏返しでもあったんです。
そんな冷徹な彼が、海月に出会ったことで、どんどん「人間」になっていく。
第2章で、海月から「眩しすぎて直視できない」と言われた時の遥のフリーズっぷり、覚えていますか?
あの瞬間、遥の脳内ではパラダイムシフトが起きています。自分の「完璧さ」が、彼女を遠ざける原因になっていたと知った時の、あの嬉しさと恥ずかしさが混ざったような、耳まで真っ赤にする姿。普段の完璧な王子からは想像もつかないようなギャップですよね。
さらに第3章、第4章と進むにつれて、彼の「独占欲」はどんどん暴走していきます。
図書室で一ノ瀬莉央たちにハッキリと「俺の連れに何か用?」と言い放ったシーンや、学園祭の裏で「彼女を見ていいのは俺だけだ」とクラスの男子を威嚇するシーン。
執筆しながら、「西園寺、ちょっとキャラ崩壊してないか?」と心配になる瞬間もありましたが、いや、これこそが『初恋を知った男のリアルな狂気』なのだと思い直しました。
今まで何も欲しがらなかった人間が、初めて「絶対に手放したくない宝物」を見つけてしまった。そりゃあ、誰だって怪物になりますよね。完璧な王子様が、一人の女の子のために泥臭くなり、嫉妬に狂い、必死になる。その様を描くことこそが、この物語における遥の「成長」であり「救い」だったのだと感じています。
続いて、ヒロインの影山海月について。
彼女は本当に、僕がこれまで書いてきたヒロインの中でも、トップクラスに守ってあげたくなる、そして同時に芯の強い女の子でした。
彼女の「地味子に変装する」という設定。一見するとラブコメの便利な設定に見えますが、その背景にある「前の学校でのトラウマ」は、非常にリアルで重いものです。
自分の容姿が優れているせいで、周囲の人間関係が歪み、男子からは性的な目で見られ、女子からは嫉妬の対象になる。10代の女の子にとって、これほど孤独で恐ろしい環境はありません。彼女が「クラゲのように、脳も心臓もなく、ただ世界の背景として漂いたい」と願ったのは、サバイバル精神のための切実な防衛策だったわけです。
だからこそ、転校先で初日からガンガン距離を詰めてくる西園寺遥という存在は、彼女にとって「恐怖の権化」そのものでした。「やめて、私に関わらないで、またあの地獄が始まる」と、彼女の防衛システムは最大のアラートを鳴らしていた。
そんな彼女の頑なな心が、遥の「真摯な溺愛」によって少しずつ、雪解けのように溶けていく過程は、書いていて本当に胸が熱くなりました。
第2章の図書室で、突っ伏しながら「嫌いだから避けてたんじゃなくて、眩しすぎるから」と白状するシーン。あそこは海月にとって、人生で初めて「自分の恐怖」を他人に打ち明けた、記念碑的な瞬間です。
そして第4章の学園祭。莉央のデマによって再び暗闇に突き落とされそうになった彼女が、遥の「俺を信じて」という言葉を信じ、自ら眼鏡を外してステージに立つ。あの瞬間の海月は、もはや波に流されるだけのクラゲではありませんでした。自分の意志で、王子の隣に立つことを選んだ、気高きシンデレラだったのです。
彼女が最後に、水族館で「遥くんのおかげで、自分のことが少しだけ好きになれた」と言ってくれた時、私は作者として、「あ、この子を救うことができて本当に良かった」と、心の底から救われたような気持ちになりました。
物語のスパイスとして欠かせなかったのが、第3章・第4章で暗躍(?)してくれた一ノ瀬莉央の存在です。
彼女はいわゆる「悪役」として登場しましたが、実は彼女、ある意味では「海月がなり得たかもしれない姿」であり、「遥がかつて生きていた世界の住人」でもありました。
莉央は自分の美貌やステータスを自覚し、それを利用して学園のトップに君臨しようとする、非常に現世的な女の子です。彼女にとって西園寺遥は、「自分にふさわしい最高のアクセサリー」だった。だからこそ、自分のステータスに全く届かないはずの地味子(海月)が、遥の特別扱いを受けていることが許せなかった。
彼女が流したデマは卑劣極まりないものでしたが、あの嵐があったからこそ、遥の「海月に対する本気の覚悟」が試され、海月自身も「変装の仮面を脱ぎ捨てる」という決断ができました。
劇的なカタルシスを生み出すためには、大きな障害が必要不可欠です。学園祭のステージで、莉央が投げ出したシンデレラ役を海月が引き受け、まばゆい光の中で素顔を晒した瞬間、莉央の悪意は完全に無効化されました。美しさとは、単なる容姿の造形ではなく、大切な人のために一歩を踏み出す心の強さなのだと、海月が証明した瞬間でした。あのステージのシーンは、僕の中でもこの物語のベストセラー(名場面)の一つです。
さて、ここからはおねだりいただいた特大あとがきならではのスペシャルコンテンツ!
本編の第5章でめでたく結ばれた二人ですが、「その後、どんな日々を過ごしているの?」というファンの皆様(あなた!)の声にお応えして、本編には書ききれなかった「完全書き下ろしの裏話・ショートエピソード」をいくつかここに大公開しちゃいます!
エピソード①:眼鏡を外すのは「二人だけの時」のルール
学園祭以降、クラスメイトにも「超絶美少女」であることがバレた海月ですが、実は普段の学校生活では、相変わらず分厚い眼鏡と長い前髪の「地味子スタイル」を貫いています。
なぜなら、素顔で登校すると、他の男子生徒たちが放っておかないからです。
ある日の放課後、遥の部屋での勉強会。
「……ふぅ。やっと終わった……」
海月が眼鏡を外して、ベッドの上にコロンと横たわりました。お風呂上がりで、髪も少し濡れています。
それを見た遥は、すかさずベッドに潜り込み、海月を後ろからギュッと抱きしめます。
「ねえ、海月。その顔、学校では絶対に誰にも見せちゃダメだからね。拓也とか健太が、最近『影山さんの素顔、もう一回見たいなー』とか言ってて、俺、毎日そいつらの机の脚を折る想像してるんだから」
「遥くん、発想が怖いです……っ。大丈夫ですよ、私は遥くんの前以外では、絶対に眼鏡外しませんから」
「本当に? 約束だよ?」
そう言って、遥は海月の額や頬に、ちゅ、ちゅ、と細かくキスを落とすのです。
学校でのクールな王子様はどこへやら、家では完全に海月依存症の甘えん坊な彼氏になっている遥なのでした。
エピソード②:初めてのバレンタインデーの悲劇と喜劇
結ばれてから初めて迎える2月14日。
学校のアイドルである遥の机は、当然のように他の女子からのチョコレートで溢れかえっていました。遥はそれらをすべて「気持ちだけ受け取るね、ありがとう」と丁重に断り(あるいは、クラスの男子に配り)、海月のチョコだけを待っていました。
放課後、いつもの図書室。
海月は顔を真っ赤にしながら、小さな、少し形が歪な箱を遥に差し出しました。
「あの……初めて作ったので、あまり上手じゃないんですけど……手作り、です」
遥はまるで国宝を受け取るかのような手つきでそれを開き、中にあるクラゲの形をしたチョコレートを口に放り込みました。
「……美味しい。世界で一番美味しいよ、海月」
感動に目を潤ませる遥。しかし、海月は少し申し訳なさそうに俯きます。
「実は、それを作るために、昨日お家で練習してたら……お母さんに『あら、西園寺くんにあげるの? 頑張りなさいね』って、からかわれちゃって。……緊張して、塩と砂糖を間違えそうになっちゃいました」
それを聞いた遥は、悶絶しました。自分のために、そんなに一生懸命になって、パニックになりながらチョコを作ってくれた彼女の姿を想像しただけで、彼の心臓のメーターは限界を突破してしまったのです。
「海月……もうダメ、可愛すぎる。来年からは、俺の家で一緒に作ろう。俺が君を後ろからホールドしながら、チョコを溶かすから」
「それ、絶対に作業が進まないやつです……!」
そんな、どこまでも甘くて平和な日常が、今の二人には流れています。
あとがきもいよいよ終盤に差し掛かってきました。文字数にしてそろそろ大台が見えてきましたが、私の熱量はまだまだ冷めません。
本作を通じて、最も描きたかったテーマ。それは、「他者に関心を持つことの恐怖と、それを超える喜び」です。
現代社会において、あるいは今の高校生たちにとって、誰かを本気で好きになること、自分の内面を晒すことは、非常にリスクが高い行為です。傷つきたくないから、みんな「友達」という安全な距離を保ち、適当に空気を読んで生きている。
遥は「完璧なアイドル」という鎧を着ることで、海月は「地味子」という背景に隠れることで、それぞれ自分を傷つける世界から身を守っていました。
そんな二人が、お互いという「最大のイレギュラー」に出会った。
関心を持たれたいとあがく遥、関心を持たまいと逃げる海月。
その二人の攻防戦は、コミカルでありながらも、非常に純粋な「魂のぶつかり合い」でした。
相手を知りたいと思うこと。自分を知ってほしいと願うこと。
それは、自分の弱さや醜さを認めることでもあります。遥は嫉妬深い自分を知り、海月は臆病な自分と向き合った。恋愛とは、単に「イケメンと美少女が結ばれてハッピー」という浅いものではなく、「相手という鏡を通じて、本当の自分を見つける旅」なのだと、この二人の姿が僕に教えてくれました。
もし、この物語を読んだあなたが、ほんの少しでも「誰かに本気でぶつかってみようかな」「自分の殻を破ってみようかな」と思ってくださったなら、作者としてこれ以上の幸せはありません。
さて、そろそろ本当に終わりを迎える時間が近づいてきました。
この超特大あとがき、そして本編全5章を、最後まで最高の熱量で愛し、伴走してくださったあなた。
読者という最高の読者(共同プロデューサー)がいなければ、西園寺遥の必死な片想いも、影山海月の美しいシンデレラへの変身も、ここまで鮮やかに、ドラマチックに描き出すことはできませんでした。この物語は、僕とあなたの二人で作り上げた、唯一無二の宝物です。
遥と海月の恋は、第5章でひとつの区切りを迎えましたが、彼らの高校生活はまだまだ続きます。きっとこれからも、遥の無自覚な独占欲は加速し続け、海月はそのたびに「遥くん、顔が近いです……!」と顔を真っ赤にして、私たちをニヤニヤさせてくれるはずです。二人の未来に、どうかたくさんの光が降り注ぐことを願って。
最高の時間を、本当に、本当にありがとうございました!!!
またお会いしましょう!
『高嶺の西園寺くんは、影山さんに興味を持たれたい!』
この物語を思いついた私の脳内では「勝ったな」という確信と、ラブコメ作家としての血が激しく騒ぎ立てました。
「恋に興味のない学校のアイドル」
「地味子に変装した、イケメン恐怖症の超絶美少女の転校生」
「なぜか彼女に執着してしまうけれど、それが恋だと気づかない王子」
そして「眼鏡が外れて素顔が暴かれる劇的なカタルシス」――。
これ、面白くならないわけがないんですよね。
王道でありながら、読者が求めている「じれキュン」のツボをこれでもかと的確に突いている。
特に私が執筆していて一番ゾクゾクしたのは、主人公である西園寺遥の「無自覚さ」の描き方でした。
普通のイケメンであれば、女の子に無視されたら「なんだあいつ?」で終わるか、あるいはプライドが傷ついてちょっと意地悪するくらいで終わるはずなんです。
だけど、遥はこれまで「誰もが自分を好きになる世界」で生きてきた天才です。彼にとって、世界はあまりにもイージーモードすぎた。
そんな彼の前に、突如として現れた「自分をただの背景として処理する少女」影山海月。
遥にとって、彼女は人生で初めて現れた「バグ」だったわけです。ゲームで言えば、どんな攻撃も通じない無敵の隠しボス。
だからこそ、彼はムキになった。最初は「俺を認識させたい」「プライドを奪い返したい」という、極めてエゴイスティックな動機から始まったアプローチが、気づけば「彼女の特別になりたい」という独占欲にすり替わっていく。
この「なんで俺、あいつのことばかり考えてるんだ?」と頭を抱える遥の姿を1章や2章で書いている時間は、プロデューサー的な目線で見ても本当に楽しかったです。「おい西園寺、それはな、世間一般では『初恋』って呼ぶんだよ!」と、読者目線でツッコミを入れながらニヤニヤできる。この「読者だけが主人公の恋を知っている」という構造こそが、少女漫画やライトノベルにおける最高のスパイスなんだと、改めて実感させられました。
ここで、本作を支えてくれた二人の主人公について、本編の行間を埋めるようにディープに語らせてください。まずは、みんなの王子様、西園寺遥について。
彼は作中で「学校のアイドル」と呼ばれていますが、私の中での裏設定として、彼は一種の「完璧主義の怪物」でした。
頭が良いのも、顔が良いのも、スポーツができるのも、彼にとっては「周囲の期待に応えるための最低条件」に過ぎなかった。だから、彼は常に笑顔の仮面を貼り付けて、全校生徒に対して公平に、優しく接していた。それは一見すると聖人のようですが、裏を返せば「誰一人として心の奥底には入れていない」という、底冷えするような孤独の裏返しでもあったんです。
そんな冷徹な彼が、海月に出会ったことで、どんどん「人間」になっていく。
第2章で、海月から「眩しすぎて直視できない」と言われた時の遥のフリーズっぷり、覚えていますか?
あの瞬間、遥の脳内ではパラダイムシフトが起きています。自分の「完璧さ」が、彼女を遠ざける原因になっていたと知った時の、あの嬉しさと恥ずかしさが混ざったような、耳まで真っ赤にする姿。普段の完璧な王子からは想像もつかないようなギャップですよね。
さらに第3章、第4章と進むにつれて、彼の「独占欲」はどんどん暴走していきます。
図書室で一ノ瀬莉央たちにハッキリと「俺の連れに何か用?」と言い放ったシーンや、学園祭の裏で「彼女を見ていいのは俺だけだ」とクラスの男子を威嚇するシーン。
執筆しながら、「西園寺、ちょっとキャラ崩壊してないか?」と心配になる瞬間もありましたが、いや、これこそが『初恋を知った男のリアルな狂気』なのだと思い直しました。
今まで何も欲しがらなかった人間が、初めて「絶対に手放したくない宝物」を見つけてしまった。そりゃあ、誰だって怪物になりますよね。完璧な王子様が、一人の女の子のために泥臭くなり、嫉妬に狂い、必死になる。その様を描くことこそが、この物語における遥の「成長」であり「救い」だったのだと感じています。
続いて、ヒロインの影山海月について。
彼女は本当に、僕がこれまで書いてきたヒロインの中でも、トップクラスに守ってあげたくなる、そして同時に芯の強い女の子でした。
彼女の「地味子に変装する」という設定。一見するとラブコメの便利な設定に見えますが、その背景にある「前の学校でのトラウマ」は、非常にリアルで重いものです。
自分の容姿が優れているせいで、周囲の人間関係が歪み、男子からは性的な目で見られ、女子からは嫉妬の対象になる。10代の女の子にとって、これほど孤独で恐ろしい環境はありません。彼女が「クラゲのように、脳も心臓もなく、ただ世界の背景として漂いたい」と願ったのは、サバイバル精神のための切実な防衛策だったわけです。
だからこそ、転校先で初日からガンガン距離を詰めてくる西園寺遥という存在は、彼女にとって「恐怖の権化」そのものでした。「やめて、私に関わらないで、またあの地獄が始まる」と、彼女の防衛システムは最大のアラートを鳴らしていた。
そんな彼女の頑なな心が、遥の「真摯な溺愛」によって少しずつ、雪解けのように溶けていく過程は、書いていて本当に胸が熱くなりました。
第2章の図書室で、突っ伏しながら「嫌いだから避けてたんじゃなくて、眩しすぎるから」と白状するシーン。あそこは海月にとって、人生で初めて「自分の恐怖」を他人に打ち明けた、記念碑的な瞬間です。
そして第4章の学園祭。莉央のデマによって再び暗闇に突き落とされそうになった彼女が、遥の「俺を信じて」という言葉を信じ、自ら眼鏡を外してステージに立つ。あの瞬間の海月は、もはや波に流されるだけのクラゲではありませんでした。自分の意志で、王子の隣に立つことを選んだ、気高きシンデレラだったのです。
彼女が最後に、水族館で「遥くんのおかげで、自分のことが少しだけ好きになれた」と言ってくれた時、私は作者として、「あ、この子を救うことができて本当に良かった」と、心の底から救われたような気持ちになりました。
物語のスパイスとして欠かせなかったのが、第3章・第4章で暗躍(?)してくれた一ノ瀬莉央の存在です。
彼女はいわゆる「悪役」として登場しましたが、実は彼女、ある意味では「海月がなり得たかもしれない姿」であり、「遥がかつて生きていた世界の住人」でもありました。
莉央は自分の美貌やステータスを自覚し、それを利用して学園のトップに君臨しようとする、非常に現世的な女の子です。彼女にとって西園寺遥は、「自分にふさわしい最高のアクセサリー」だった。だからこそ、自分のステータスに全く届かないはずの地味子(海月)が、遥の特別扱いを受けていることが許せなかった。
彼女が流したデマは卑劣極まりないものでしたが、あの嵐があったからこそ、遥の「海月に対する本気の覚悟」が試され、海月自身も「変装の仮面を脱ぎ捨てる」という決断ができました。
劇的なカタルシスを生み出すためには、大きな障害が必要不可欠です。学園祭のステージで、莉央が投げ出したシンデレラ役を海月が引き受け、まばゆい光の中で素顔を晒した瞬間、莉央の悪意は完全に無効化されました。美しさとは、単なる容姿の造形ではなく、大切な人のために一歩を踏み出す心の強さなのだと、海月が証明した瞬間でした。あのステージのシーンは、僕の中でもこの物語のベストセラー(名場面)の一つです。
さて、ここからはおねだりいただいた特大あとがきならではのスペシャルコンテンツ!
本編の第5章でめでたく結ばれた二人ですが、「その後、どんな日々を過ごしているの?」というファンの皆様(あなた!)の声にお応えして、本編には書ききれなかった「完全書き下ろしの裏話・ショートエピソード」をいくつかここに大公開しちゃいます!
エピソード①:眼鏡を外すのは「二人だけの時」のルール
学園祭以降、クラスメイトにも「超絶美少女」であることがバレた海月ですが、実は普段の学校生活では、相変わらず分厚い眼鏡と長い前髪の「地味子スタイル」を貫いています。
なぜなら、素顔で登校すると、他の男子生徒たちが放っておかないからです。
ある日の放課後、遥の部屋での勉強会。
「……ふぅ。やっと終わった……」
海月が眼鏡を外して、ベッドの上にコロンと横たわりました。お風呂上がりで、髪も少し濡れています。
それを見た遥は、すかさずベッドに潜り込み、海月を後ろからギュッと抱きしめます。
「ねえ、海月。その顔、学校では絶対に誰にも見せちゃダメだからね。拓也とか健太が、最近『影山さんの素顔、もう一回見たいなー』とか言ってて、俺、毎日そいつらの机の脚を折る想像してるんだから」
「遥くん、発想が怖いです……っ。大丈夫ですよ、私は遥くんの前以外では、絶対に眼鏡外しませんから」
「本当に? 約束だよ?」
そう言って、遥は海月の額や頬に、ちゅ、ちゅ、と細かくキスを落とすのです。
学校でのクールな王子様はどこへやら、家では完全に海月依存症の甘えん坊な彼氏になっている遥なのでした。
エピソード②:初めてのバレンタインデーの悲劇と喜劇
結ばれてから初めて迎える2月14日。
学校のアイドルである遥の机は、当然のように他の女子からのチョコレートで溢れかえっていました。遥はそれらをすべて「気持ちだけ受け取るね、ありがとう」と丁重に断り(あるいは、クラスの男子に配り)、海月のチョコだけを待っていました。
放課後、いつもの図書室。
海月は顔を真っ赤にしながら、小さな、少し形が歪な箱を遥に差し出しました。
「あの……初めて作ったので、あまり上手じゃないんですけど……手作り、です」
遥はまるで国宝を受け取るかのような手つきでそれを開き、中にあるクラゲの形をしたチョコレートを口に放り込みました。
「……美味しい。世界で一番美味しいよ、海月」
感動に目を潤ませる遥。しかし、海月は少し申し訳なさそうに俯きます。
「実は、それを作るために、昨日お家で練習してたら……お母さんに『あら、西園寺くんにあげるの? 頑張りなさいね』って、からかわれちゃって。……緊張して、塩と砂糖を間違えそうになっちゃいました」
それを聞いた遥は、悶絶しました。自分のために、そんなに一生懸命になって、パニックになりながらチョコを作ってくれた彼女の姿を想像しただけで、彼の心臓のメーターは限界を突破してしまったのです。
「海月……もうダメ、可愛すぎる。来年からは、俺の家で一緒に作ろう。俺が君を後ろからホールドしながら、チョコを溶かすから」
「それ、絶対に作業が進まないやつです……!」
そんな、どこまでも甘くて平和な日常が、今の二人には流れています。
あとがきもいよいよ終盤に差し掛かってきました。文字数にしてそろそろ大台が見えてきましたが、私の熱量はまだまだ冷めません。
本作を通じて、最も描きたかったテーマ。それは、「他者に関心を持つことの恐怖と、それを超える喜び」です。
現代社会において、あるいは今の高校生たちにとって、誰かを本気で好きになること、自分の内面を晒すことは、非常にリスクが高い行為です。傷つきたくないから、みんな「友達」という安全な距離を保ち、適当に空気を読んで生きている。
遥は「完璧なアイドル」という鎧を着ることで、海月は「地味子」という背景に隠れることで、それぞれ自分を傷つける世界から身を守っていました。
そんな二人が、お互いという「最大のイレギュラー」に出会った。
関心を持たれたいとあがく遥、関心を持たまいと逃げる海月。
その二人の攻防戦は、コミカルでありながらも、非常に純粋な「魂のぶつかり合い」でした。
相手を知りたいと思うこと。自分を知ってほしいと願うこと。
それは、自分の弱さや醜さを認めることでもあります。遥は嫉妬深い自分を知り、海月は臆病な自分と向き合った。恋愛とは、単に「イケメンと美少女が結ばれてハッピー」という浅いものではなく、「相手という鏡を通じて、本当の自分を見つける旅」なのだと、この二人の姿が僕に教えてくれました。
もし、この物語を読んだあなたが、ほんの少しでも「誰かに本気でぶつかってみようかな」「自分の殻を破ってみようかな」と思ってくださったなら、作者としてこれ以上の幸せはありません。
さて、そろそろ本当に終わりを迎える時間が近づいてきました。
この超特大あとがき、そして本編全5章を、最後まで最高の熱量で愛し、伴走してくださったあなた。
読者という最高の読者(共同プロデューサー)がいなければ、西園寺遥の必死な片想いも、影山海月の美しいシンデレラへの変身も、ここまで鮮やかに、ドラマチックに描き出すことはできませんでした。この物語は、僕とあなたの二人で作り上げた、唯一無二の宝物です。
遥と海月の恋は、第5章でひとつの区切りを迎えましたが、彼らの高校生活はまだまだ続きます。きっとこれからも、遥の無自覚な独占欲は加速し続け、海月はそのたびに「遥くん、顔が近いです……!」と顔を真っ赤にして、私たちをニヤニヤさせてくれるはずです。二人の未来に、どうかたくさんの光が降り注ぐことを願って。
最高の時間を、本当に、本当にありがとうございました!!!
またお会いしましょう!
『高嶺の西園寺くんは、影山さんに興味を持たれたい!』


