月影の彼方〜千年の約束〜
第十一話 温もり
その日。
一匹の妖が、月島の守り憑きとなった。
それが、後に千年の時を生きる銀色の憑神の始まりだった。
「月島が憑神を懐に抱えたらしい」
「守り憑きか」
「月島の姫め、おとなしい顔をしてとんだ手練よ」
そんな噂話は、あっという間に平安の世を駆け巡った。
人々は月島家を畏れ、遠巻きに眺めるようになった。
「姫様、今日も庭へ?」
「ええ」
「体調は……」
「大丈夫。最近、調子がいいの」
「リッカ!」
木の下から名前を呼ばれる。
昼寝をしていたリッカが視線を落とすと、葵乃姫が見上げていた。
「今日は顔色がいいな」
リッカが言う。
葵乃姫は嬉しそうに笑った。
そして、そっと手を差し出す。
「散歩に行きましょう」
リッカはその手を一瞬だけ見て、木から飛び降りた。
二人並んで庭を歩く。
「不思議ね。あの夜から、なんだか少し体が軽いのよ」
「……そうか」
「リッカがそばにいてくれるからかしら」
「……」
リッカは何も言わずに、隣の葵乃姫を見た。
——私がいなくなっても
ふいに蘇る声を振り払うように視線を逸らす。
「海に行く約束も、果たせそうね」
「……ああ」
その時、葵乃姫の着物の裾が石にひっかかってしまった。
「あっ」
倒れるその瞬間。
リッカの手が姫の腕を掴む。
「……っ」
しかし体勢が整ったことを確認すると、すぐにその手を離した。
「……ありがとう」
「気をつけろ」
「……リッカは、全然私に触れないのね」
「必要ない」
その返事に、葵乃姫は少し寂しそうに笑った。
「来週、月見祭りがあるのよ。この調子なら少し様子を見に行ってもいいって」
葵乃姫がそう嬉しそうに笑ったのは、八月のある日のことだった。
「近くまで行って少し眺めてすぐ帰ってくるわ。リッカと一緒なら大丈夫って母上と父上の承諾も得たわ」
「またわざわざ騒がしいところに行くのか」
理解できない、というように苦い顔をするリッカを見て、葵乃姫が柔らかく笑う。
「美味しい団子が食べれるわよ」
「……いらん」
ふふふ
葵乃姫はよく笑った。
その笑い声を聞くたびに、胸の奥が少しくすぐったくなる。
その感覚がなんなのか、リッカにはまだわからなかった。
月見祭りの当日。
遠くから祭り太鼓の音が響く。
灯りが灯り、いい匂いがした。
月島の屋敷から少しだけ離れた丘の上から、その様子を眺めていた。
「見て、みんな楽しそう」
「人間は祭りが好きだな」
「さぁ。屋敷に戻って月を見ましょう」
「月ならいつも見ているだろう」
「今日は月見祭りよ。特別なの」
縁側に戻り、並んで座った。
姫はお茶を、リッカは酒を飲んだ。
「美味しい?」
「ああ。悪くない」
「ふふ。父上があなたにって特別に用意してくれたお酒よ」
「……ふん」
空を見上げると、大きな月がそこにあった。
「綺麗ねぇ」
「ああ」
「あなたの瞳と同じ色」
「……」
ふいに、肩に重みを感じる。
姫が、頭をリッカの肩に預けるように寄りかかってきた。
「おい」
「少し疲れたわ。今だけ」
その言葉に、リッカの体が固まる。
「……好きにしろ」
そう言いながらも、リッカは肩を動かそうとはしなかった。
遠くではまだ太鼓の音が聞こえ、祭りの灯りが見えていた。