乾杯はふたりだけの秘密
 それから二日経って仕事納めとなり、帰りの電車は賢吾と一緒だった。
「多いですね」
「うん」
 満員の車内を言い訳にして、賢吾と肩を寄せ合いながら話ができる。
「やっとゆっくりできますね」
「うん、そうだねえ」
 賢吾の何気ない言葉は、まるで自分に向けられているように響いて、どうしようもなく胸をざわつかせた。
「明日と明後日ぐらいは家の大掃除しなきゃだけどね」
「あー、俺もです。どこから手付けたらいいかわかんないぐらい散らかっててヤバイんですよ。でも先輩んちはいつもすげえ綺麗だし、別に大掃除は必要ないんじゃないですか?」
「いつも」という言葉が、妙に胸をくすぐる。賢吾はもう何回ぐらい家に来ただろう。
「高いとことかさ、普段さぼってる場所とかね」
「あ、じゃあもし届かないとことか、重いものの移動とかがあったら手伝いに行きますので、連絡してください」
「うん。ありがとう」
 それがただの厚意なのか、それとも口実なのかによって自分の気持ちに雲泥の差が出るということなど、賢吾は気にもしていないだろう。たとえば「じゃあこき使っちゃおうかな」とか、「そんなこと言って、本当は私に会いたいんでしょ?」と冗談でも言えれば、さりげなく賢吾の反応を窺うことが出来るのに、今はそれさえも気軽に口にすることが出来なくなっている。こんなにも純粋で乙女な部分がまだ自分にも残っていたのかと驚いてしまう。
 人波に押され、さらに賢吾との距離が縮まる。
「大丈夫ですか?」
「……うん」
 もう顔を上げられない。
 賢吾の吐息が額にかかっている。
 さりげなく、押し潰されないように自分をガードしてくれているのがわかる。目に映るグレーのネクタイは、忘年会の日に着けていたものと同じだ。あの日、気だるそうに、首からするりと抜きとった賢吾の姿を思い出す。
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