乾杯はふたりだけの秘密

生意気

 正月の余韻をまとったまま迎えた新年最初の出勤の朝は、街の空気も人の流れもどこかゆったりとしている。
 仕事始めの社内は、新年の挨拶と笑い声があちらこちらで弾み、和やかな空気に包まれていた。休暇中の出来事を報告し合い、土産のクッキーや饅頭が机に並ぶ。
 会議室では社長から年頭の挨拶があり、社員たちは背筋を伸ばして耳を傾ける。にぎやかだった空気がぴりりと引き締まり、仕事モードへと切り替わっていく。
 挨拶が終わると営業部のフロアに戻り、朝のミーティングが始まる。部長からは今年の方針や案件の確認とともに、営業チームの新年会を週末に予定していることが伝えられ、フロアには少し和んだ笑い声が広がった。
「幹事は今回も中島だから――中島、よろしくな!」
「はい、今回も俺が幹事を担当します。後ほど詳細を共有しますので、ご確認とご協力をお願いします」
 なかじーは幹事にぴったりだと、結衣は思う。一見すると面倒見のよいまさやんが適任だと思えるが、良くも悪くも大雑把なところがある。その点なかじーは、慎重で失敗することがほとんどない。社交的で上司や同僚とも円滑に連絡をとることが出来るし、段取りや計画力もある。人数の増減や当日トラブルにも臨機応変に対応できることは、普段の仕事ぶりを見ていればわかる。そして誰よりも責任感が強い。
 だからと言って、全てにおいて完璧なわけではない。その代わり、一歩を踏み出すまでに人一倍時間がかかるという。例えば、小学校の入学式で一目惚れした女の子に告白すのに、九年もかかってしまう。そうしてめでたく恋人同士となってから、十五年が経っている。今も仲はいいと言うが、結婚のタイミングは完全に逃していると思う。まさやんと二人がかりで尻を叩いている。
 さりげなく賢吾に目を向けると、視線が絡んだ。
 忘年会がそうだったように、新年会も賢吾がそばにいてくれるのだろうか。

 週末、予定されていた営業チームの忘年会が開かれた。
 幹事のなかじーが選んだのは、和味とはまた違った、半個室で少し落ち着いた雰囲気の居酒屋だった。定番料理がそろう、万人受けする店だ。隣には、当たり前のように賢吾の笑顔があった。
 忘年会からほとんど間が開いていないせいか、一周目のおかわりが運ばれてくる頃には、皆の表情はリラックスしていた。
「なあ、結衣ちゃん。この後、ふたりで飲み直さない?」
 賢吾が席を外したのを見計らっていたかのように、佐々木が声を掛けてきた。
「え? 行かなーい」
 結衣は軽く流した。
「いいじゃん、行こうよ。こんな居酒屋じゃなくて、洒落たいい店知ってるから」
「ちょっとーぉ、なかじーが決めてくれた店にケチつけないでくれる? このお店、すごくいいよねって話してたとこなのに」
「あ、いや……結衣ちゃんには、静かで大人なバーとかが似合うんじゃねえかってことだよ。なあ、行こうよ」
「いーかーなーいー」
 会社の人間の目がある。場の空気が悪くなるのは避けたい。結衣は角がたたないようにふざけるような言い方でやんわりと断った。
「佐々木先輩、酔って絡むのはみっともないですよ」
 席に戻ってきた賢吾が、佐々木を窘める。
「はあ? 酒飲まないお前に何がわかんだよ。だいたいお前は後輩のくせに生意気なんだよ」
 あろうことか、今度は賢吾に絡み始めた。
「飲んでるって言うか、先輩完全に呑まれてますけどね」
 賢吾が佐々木にあざけりの視線を向けると、周囲からくすくすと笑い声が上がった。佐々木は顔を赤くして立ち上がり、バツが悪そうにトイレの方へ歩いていった。
 あの時は自分も程よく酔っていてそれほど気にならなかったけれど、まさやんやなかじーが言うように、佐々木は相当酒癖が悪いのかもしれない。
 しばらくしてトイレから戻った佐々木は、ちらりとこちらを見ると苦い顔を見せ、黙って元の席に戻った。
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