乾杯はふたりだけの秘密
なかじーが再び腕時計に目をやり、立ち上がった。
「えー、それでは――」
張り詰めていた緊張がほどけ、ようやく結衣は安堵した。
「お時間も近づいてまいりましたので、部長に中締めをお願いしたいと思います。部長、よろしくお願いいたします」
部長が立ち上がると、ざわめきがぴたりと止まった。
「皆さま、本日はお疲れさまでした。まだまだお話ししたいところではありますが、そろそろお時間とのことですので、このあたりで中締めをさせていただきたいと思います。――それでは皆さま、一本締めで締めたいと思います。お手を拝借。よーおっ!」
その掛け声に合わせ、全員の手が一斉に打ち鳴らされた。
次の瞬間には周りと顔を見合せ皆が笑顔になる。
「お疲れ様です」
店に残るメンバーに声を掛けて外に出て、二軒目に行くメンバーと帰宅メンバーに別れて解散した。駅までは数人が連なって歩いていたが、改札を抜けると賢吾とふたりきりになった。
「モテモテだったね」
結衣はつい、そんな言葉を口にした。
「酒の席ですからね、まあそういうことも」
謙遜しているのだろう。自分の魅力に気付いていないはずがない。
「妬いてます?」
聞かれて、思わず口ごもる。
「それなら嬉しいです」
どうしてそんなことをさらりと口にできるのだろう。それなのに、言って欲しい言葉はなかなか言ってはくれない。
電車が到着して、ふたりは乗り込む。
「結構飲んでましたね」
「うん、飲んだ」
「そのわりには、大丈夫そうですね」
そんなことはない。店を出て気が緩んだ途端、急に酔いが回ってきた。
「――うわぁっ」
突然、電車が大きく揺れ、体がよろけた。瞬きするより早く、腕がさっと肩に回され、体を支えられる。
「大丈夫ですか?」
「あ、ごめん。ありがとう」
揺れが収まると、賢吾はそっと手を離す。名残惜しさで、胸の奥がきゅっと狭くなる。
――もう無理。
気持ちが抑えられない。もっと触れ合っていたい。
もちろん公共の場でそんなことはしない。どこで会社の人間に見られているかわからない。それは電車に限ったことではない。ごく短期間で、二度も佐々木に見られたのだから。
「送ります」
駅を出ると同時に賢吾はそう言って、信号で足を止めた。
「いつもありがとう」
「いえ」
信号が青に変わると、結衣は横断歩道を歩きながら少しずつ賢吾と距離を縮めていく。そうして肩が触れた瞬間、素早く賢吾の腕に手を回した。さすがに恥ずかしくて顔を見ることは出来ないが、視界の端には、賢吾の驚いた様子がはっきりと映っていた。
「寒いですね」
その言葉がまるで「月が綺麗ですね」と言ったように聞こえて、結衣は同じ言葉を返した。
「寒いね」
その瞬間、賢吾に指を絡めとられる。
――好き。
黙ったまま歩き続け、マンションの前で立ち止まる。結衣はゆっくりと手を離すと、体を半回転させて賢吾と向き合った。
そうして、思いきって賢吾の首に両手を回した。
「酔ってますか?」
賢吾が瞳を覗き込む。
「うん、酔ってる」
「じゃあ、ダメです」
え、と思った時には、賢吾の唇が額に触れていた。
「明日になったら覚えてないかもしれないんで」
賢吾がからかうような視線を向けてくる。
ちょい悪というより、ただの意地悪だ。
それからふっと笑って顔を寄せ、鼻と鼻が触れ合う距離で額を軽くくっつけてきた。
「おやすみなさい」
「……」
――生意気。賢吾のくせに。
賢吾と別れたあとは、眠りにつくまで余韻に浸る。けれど、翌朝目覚めると、ふと、夢だったんじゃないかと思ったりする。そうして会社に着いて爽やかなあの笑顔を目にすると、ますますわからなくなる。
もう惑わせないでほしい。
素直になるから、焦らさないではっきりと気持ちを聞かせてほしい。
「えー、それでは――」
張り詰めていた緊張がほどけ、ようやく結衣は安堵した。
「お時間も近づいてまいりましたので、部長に中締めをお願いしたいと思います。部長、よろしくお願いいたします」
部長が立ち上がると、ざわめきがぴたりと止まった。
「皆さま、本日はお疲れさまでした。まだまだお話ししたいところではありますが、そろそろお時間とのことですので、このあたりで中締めをさせていただきたいと思います。――それでは皆さま、一本締めで締めたいと思います。お手を拝借。よーおっ!」
その掛け声に合わせ、全員の手が一斉に打ち鳴らされた。
次の瞬間には周りと顔を見合せ皆が笑顔になる。
「お疲れ様です」
店に残るメンバーに声を掛けて外に出て、二軒目に行くメンバーと帰宅メンバーに別れて解散した。駅までは数人が連なって歩いていたが、改札を抜けると賢吾とふたりきりになった。
「モテモテだったね」
結衣はつい、そんな言葉を口にした。
「酒の席ですからね、まあそういうことも」
謙遜しているのだろう。自分の魅力に気付いていないはずがない。
「妬いてます?」
聞かれて、思わず口ごもる。
「それなら嬉しいです」
どうしてそんなことをさらりと口にできるのだろう。それなのに、言って欲しい言葉はなかなか言ってはくれない。
電車が到着して、ふたりは乗り込む。
「結構飲んでましたね」
「うん、飲んだ」
「そのわりには、大丈夫そうですね」
そんなことはない。店を出て気が緩んだ途端、急に酔いが回ってきた。
「――うわぁっ」
突然、電車が大きく揺れ、体がよろけた。瞬きするより早く、腕がさっと肩に回され、体を支えられる。
「大丈夫ですか?」
「あ、ごめん。ありがとう」
揺れが収まると、賢吾はそっと手を離す。名残惜しさで、胸の奥がきゅっと狭くなる。
――もう無理。
気持ちが抑えられない。もっと触れ合っていたい。
もちろん公共の場でそんなことはしない。どこで会社の人間に見られているかわからない。それは電車に限ったことではない。ごく短期間で、二度も佐々木に見られたのだから。
「送ります」
駅を出ると同時に賢吾はそう言って、信号で足を止めた。
「いつもありがとう」
「いえ」
信号が青に変わると、結衣は横断歩道を歩きながら少しずつ賢吾と距離を縮めていく。そうして肩が触れた瞬間、素早く賢吾の腕に手を回した。さすがに恥ずかしくて顔を見ることは出来ないが、視界の端には、賢吾の驚いた様子がはっきりと映っていた。
「寒いですね」
その言葉がまるで「月が綺麗ですね」と言ったように聞こえて、結衣は同じ言葉を返した。
「寒いね」
その瞬間、賢吾に指を絡めとられる。
――好き。
黙ったまま歩き続け、マンションの前で立ち止まる。結衣はゆっくりと手を離すと、体を半回転させて賢吾と向き合った。
そうして、思いきって賢吾の首に両手を回した。
「酔ってますか?」
賢吾が瞳を覗き込む。
「うん、酔ってる」
「じゃあ、ダメです」
え、と思った時には、賢吾の唇が額に触れていた。
「明日になったら覚えてないかもしれないんで」
賢吾がからかうような視線を向けてくる。
ちょい悪というより、ただの意地悪だ。
それからふっと笑って顔を寄せ、鼻と鼻が触れ合う距離で額を軽くくっつけてきた。
「おやすみなさい」
「……」
――生意気。賢吾のくせに。
賢吾と別れたあとは、眠りにつくまで余韻に浸る。けれど、翌朝目覚めると、ふと、夢だったんじゃないかと思ったりする。そうして会社に着いて爽やかなあの笑顔を目にすると、ますますわからなくなる。
もう惑わせないでほしい。
素直になるから、焦らさないではっきりと気持ちを聞かせてほしい。