乾杯はふたりだけの秘密
秘密
「お、結衣ちゃん、おつかれ~。珍しいじゃん、残業?」
エレベーター前で佐々木と一緒になった。
「そうなの。今日中に終わらせときたい仕事があって残ってた。佐々木君も終わった?」
「そうそう。下でお客さんと話し込んでて、今見送りしてきたとこ」
佐々木が腕時計を確認した。
「もう七時回ってるじゃん。腹減ったんじゃね?」
「うん、ぺこぺこー」
ふたりは到着したエレベーターに乗り込んだ。
「結衣ちゃんって自炊してんの?」
「まあ一応。簡単なものだけどね」
「へえ。じゃあ今日も今から帰って作んの?」
「うーん。今日はどうしようかなって思ってる」
「じゃあさ、この辺で飯食って帰んねえ?」
「え?」
「だってもうこんな時間だし、今から帰って作るのもダルいだろ?」
聞かれて、結衣ははっとした。
これってもしかして嵌められた? いや、考え過ぎだろうか。
「うーん。どうしよう」
今さら約束があるとも言えない。
「いい店知ってるから、行こ!」
エレベーターを降りると、佐々木がスマホを耳にあてた。
「あ、もしもし? 今から二人って大丈夫ですか? ……じゃあ近くなんですぐに行きます」
電話を切った佐々木が笑顔を見せた。
「席空いてるって」
「え。あ、うん」
まさか予約されるとは思わなかった。すぐに断らなかった自分が悪いのだけれど。
「すぐ近くだから」
仕方なく、言われるまま佐々木に付いていく。
「ほら、もう見えてきた。あそこの派手な暖簾見える?」
佐々木の指差す先に、トリコロールの暖簾が揺れているのが見えた。
「ああ、うん」
帰宅ルートとは逆方向で知らなかったが、会社から五分ほど歩いたところに真新しいビストロがあった。
「へえ、会社近くにこんなお洒落な店あるの知らなかった」
「最近できたんだよ。フレンチ居酒屋って感じかな。カジュアルで入りやすい感じだろ?」
「ほんとだね」
席に案内され、メニューを広げる。料理はつまみ系から本格的なものまであるが、どれもリーズナブルで、アラカルトでもコースでも気軽に楽しめそうだ。
「結衣ちゃん、何飲む?」
「あー、ウーロン茶で」
「飲まねえの?」
「うん、明日も仕事だしね」
もちろん嘘だ。佐々木とだから、飲まない。
「俺は飲むけど?」
「どうぞ」
「結衣ちゃん、食べれないものある?」
「ううん、特にない」
「じゃあ適当に頼むよ」
「うん」
場数を踏んでいるせいか、迷いがなく全てがスマートだ。佐々木はテーブルにあるQRを読み込んで手際よくスマホでオーダーした。
「長居しないよ」
思わず口走っていた。
「え。結衣ちゃん、何か警戒してる?」
「いや、そうじゃなくて、明日も仕事だからね」
すぐに飲み物が運ばれてきた。
「じゃあ、おつかれ~」
「おつかれ~」
グラスを軽く打ち鳴らす。
「はーぁ、うめえ!」
佐々木は幸せそうな表情を浮かべ、大きく息をついた。
「結衣ちゃんとふたりで食事は初めてだよな」
「うん、そうだね」
「デートだな」
「はあ? 違うし」
特別な時間ではないから、デートなんて言わないでほしい。キャロットラペが運ばれてきた。
「なーんか、木村と中島とは微妙な感じになっちまったからなぁ」
「……そう」
理由はあのことだとわかったが、口にはしなかった。佐々木は残り半分程のビールを一気に飲み干して、おかわりを頼んだ。
「あいつらマジ冗談も通じねえから。……まあ別にいいけどな。仕事しに行ってるわけだし、仲良しごっこは面倒臭ぇだけだし」
そんなことを言ってはいるが、佐々木は暇があれば女子の輪に入って楽しそうにお喋りをしている。
「ふーん。じゃあ、いただきます」
結衣はラペを小皿に取り、口に運んだ。
「でさ、結衣ちゃんは新田と付き合ってんの?」
「え? 付き合ってないよ」
本当のことなのに、否定しながら何故かドキドキしてしまう。ドレッシングの酸味が脳を刺激して、さらにドキドキを助長した。
「へえ、そうなんだ。あいつは結衣ちゃんに気があると思うけど?」
「そ、そう? 新田君って結構人懐っこい感じだからそう見えるだけじゃない?」
「いや、違うと思う」
「そうかな……」
キッシュとコンフィが並ぶ。
「まあ、とりあえず食おうよ。冷めないうちに」
「うん」
口ではそう言いながらも、佐々木は箸を付けずに二杯目のビールを飲み干した。
エレベーター前で佐々木と一緒になった。
「そうなの。今日中に終わらせときたい仕事があって残ってた。佐々木君も終わった?」
「そうそう。下でお客さんと話し込んでて、今見送りしてきたとこ」
佐々木が腕時計を確認した。
「もう七時回ってるじゃん。腹減ったんじゃね?」
「うん、ぺこぺこー」
ふたりは到着したエレベーターに乗り込んだ。
「結衣ちゃんって自炊してんの?」
「まあ一応。簡単なものだけどね」
「へえ。じゃあ今日も今から帰って作んの?」
「うーん。今日はどうしようかなって思ってる」
「じゃあさ、この辺で飯食って帰んねえ?」
「え?」
「だってもうこんな時間だし、今から帰って作るのもダルいだろ?」
聞かれて、結衣ははっとした。
これってもしかして嵌められた? いや、考え過ぎだろうか。
「うーん。どうしよう」
今さら約束があるとも言えない。
「いい店知ってるから、行こ!」
エレベーターを降りると、佐々木がスマホを耳にあてた。
「あ、もしもし? 今から二人って大丈夫ですか? ……じゃあ近くなんですぐに行きます」
電話を切った佐々木が笑顔を見せた。
「席空いてるって」
「え。あ、うん」
まさか予約されるとは思わなかった。すぐに断らなかった自分が悪いのだけれど。
「すぐ近くだから」
仕方なく、言われるまま佐々木に付いていく。
「ほら、もう見えてきた。あそこの派手な暖簾見える?」
佐々木の指差す先に、トリコロールの暖簾が揺れているのが見えた。
「ああ、うん」
帰宅ルートとは逆方向で知らなかったが、会社から五分ほど歩いたところに真新しいビストロがあった。
「へえ、会社近くにこんなお洒落な店あるの知らなかった」
「最近できたんだよ。フレンチ居酒屋って感じかな。カジュアルで入りやすい感じだろ?」
「ほんとだね」
席に案内され、メニューを広げる。料理はつまみ系から本格的なものまであるが、どれもリーズナブルで、アラカルトでもコースでも気軽に楽しめそうだ。
「結衣ちゃん、何飲む?」
「あー、ウーロン茶で」
「飲まねえの?」
「うん、明日も仕事だしね」
もちろん嘘だ。佐々木とだから、飲まない。
「俺は飲むけど?」
「どうぞ」
「結衣ちゃん、食べれないものある?」
「ううん、特にない」
「じゃあ適当に頼むよ」
「うん」
場数を踏んでいるせいか、迷いがなく全てがスマートだ。佐々木はテーブルにあるQRを読み込んで手際よくスマホでオーダーした。
「長居しないよ」
思わず口走っていた。
「え。結衣ちゃん、何か警戒してる?」
「いや、そうじゃなくて、明日も仕事だからね」
すぐに飲み物が運ばれてきた。
「じゃあ、おつかれ~」
「おつかれ~」
グラスを軽く打ち鳴らす。
「はーぁ、うめえ!」
佐々木は幸せそうな表情を浮かべ、大きく息をついた。
「結衣ちゃんとふたりで食事は初めてだよな」
「うん、そうだね」
「デートだな」
「はあ? 違うし」
特別な時間ではないから、デートなんて言わないでほしい。キャロットラペが運ばれてきた。
「なーんか、木村と中島とは微妙な感じになっちまったからなぁ」
「……そう」
理由はあのことだとわかったが、口にはしなかった。佐々木は残り半分程のビールを一気に飲み干して、おかわりを頼んだ。
「あいつらマジ冗談も通じねえから。……まあ別にいいけどな。仕事しに行ってるわけだし、仲良しごっこは面倒臭ぇだけだし」
そんなことを言ってはいるが、佐々木は暇があれば女子の輪に入って楽しそうにお喋りをしている。
「ふーん。じゃあ、いただきます」
結衣はラペを小皿に取り、口に運んだ。
「でさ、結衣ちゃんは新田と付き合ってんの?」
「え? 付き合ってないよ」
本当のことなのに、否定しながら何故かドキドキしてしまう。ドレッシングの酸味が脳を刺激して、さらにドキドキを助長した。
「へえ、そうなんだ。あいつは結衣ちゃんに気があると思うけど?」
「そ、そう? 新田君って結構人懐っこい感じだからそう見えるだけじゃない?」
「いや、違うと思う」
「そうかな……」
キッシュとコンフィが並ぶ。
「まあ、とりあえず食おうよ。冷めないうちに」
「うん」
口ではそう言いながらも、佐々木は箸を付けずに二杯目のビールを飲み干した。