乾杯はふたりだけの秘密
「佐々木君、ペース早いけど大丈夫?」
「あー、大丈夫大丈夫。帰れなくなったら送ってもらうし」
「誰に?」
「もちろん結衣ちゃん!」
「はあ? 何言ってんの? 知らないよ」
「新田は送ってやったみたいじゃん。忘年会の日」
言われてドキッとした。
佐々木は運ばれてきた三杯目のグラスを掴むと、豪快に煽った。
「あ、あれは……あの時は新田君体調悪かったし、たまたま家が近くだからってことで送っていっただけだよ。佐々木君は反対方面じゃん」
「あいつ、生意気なんだよな。後輩のくせに」
佐々木は吐き捨てるように言うと、空になったグラスを乱暴にテーブルへ置いた。乾いた音が店内に響き、周囲の客の視線がこちらを向いたが、佐々木は気にも留めない。
「ねえ、飲み過ぎじゃない? ペース落としなよ。全然食べてないし、空きっ腹で飲んだら悪酔いするよ」
「酔ってねえし」
「酔ってるよ」
「大丈夫だって!」
「こんなペースで飲むんだったら、私もう帰るよ!」
腰を上げると、再び客の視線が刺さった。店内は満席に近く、それなりに賑やかだったが、佐々木の暴走を抑えるには思いの外大きな声が出ていたようだ。そういえば、さっきから店員がちらちらとこちらを見ている気がする。
「ちょっと待ってよー。わかったから、とりあえず座って!」
佐々木は慌てた様子で立ち上がり、さらに大きな声を上げた。これではこっちが宥められていると思われてしまう。
「しっ」
結衣は眉をひそめ、人差し指を口元に立てた。
「声大きいから」
小声で注意するも、酔っている佐々木にはこたえない。
「じゃあ帰んないで! 早く座って!」
店員が一斉にこちらを向いた。そろそろ注意されるかもしれない。
「わかったから、静かにして」
結衣は仕方なく腰を下ろした。
「なあ、結衣ちゃんは新田のことどう思ってんの?」
さっきから、やけに賢吾の話ばかりしてくる。自分
の恋愛にしか興味がないタイプだと思っていた佐々木が、賢吾と自分との関係を仕切りに気にしている。その理由がわからず、結衣の胸には小さな違和感が積もっていった。
「どうって……。まあ人あたりもいいし、真面目だし、仕事もできるし、イケメンだし……って、みんなが思ってるのと同じだと思う」
「ふーん」
佐々木が不満げな視線を向けた。
「なに?」
「あいつ、昔かなり悪かったみたいじゃん。知ってる?」
「え? し、知らない」
突然何を言い出すのかと思えば――
「何か色々やべえことやってたって噂」
「噂でしょ? モテない男のひがみじゃないの? イケメンはね、どうしたってひがまれることあるんだよ」
結衣は賢吾を庇うように言った。実際、男も女もそういうものだ。
「俺は新田の知り合いって奴から直接聞いたけど、知りたい? 新田の秘密。会社にバレたら即効クビだと思う」
「えっ!?」
賢吾がやんちゃの部類だったことは確かだけれど、今となっては若気の至りとして笑い話にできる程度のことだ。警察に補導されたり喧嘩は度々あったが、それは仲間を守るためという理由があってのことだ。今も昔もいじめをするようなタイプではないし、無闇に人を傷つけたりはしない。犯罪に手を染めるようなこともなかったはずだ。それとも、自分の知らない数年の間に何かあったのだろうか。
「秘密って何なの?」
賢吾に限ってそんなことはないはずだと思いながらも、結衣は少し心配になっていた。記憶の中の賢吾は、中学三年の時で止まっている。そうなると、素性を隠して入社してきたことが気になってきた。
「ちょっとここじゃ話せないかな。万が一会社の誰かに聞かれたらヤバイし、店変える?」
「え?」
「行こっか」
「ちょっと待ってよ。まだ注文した料理も全部揃ってないよね?」
「いいから!」
佐々木は結衣の言葉も聞き入れずに席を立ち、レジに向かった。
「お客様、まだ全てのお料理が出揃っていないのですが、残りはキャンセルでよろしいですか?」
迷惑な客にも丁寧に対応しなければならない店員が気の毒で仕方ない。
「いえ、全部付けてくれて大丈夫です。こっちの都合なんで」
佐々木が当たり前のようにそう口にしたことで、結衣は内心「へえ」と感心してしまった。一応、客としての立場は、きちんとわきまえているらしい。
「あー、大丈夫大丈夫。帰れなくなったら送ってもらうし」
「誰に?」
「もちろん結衣ちゃん!」
「はあ? 何言ってんの? 知らないよ」
「新田は送ってやったみたいじゃん。忘年会の日」
言われてドキッとした。
佐々木は運ばれてきた三杯目のグラスを掴むと、豪快に煽った。
「あ、あれは……あの時は新田君体調悪かったし、たまたま家が近くだからってことで送っていっただけだよ。佐々木君は反対方面じゃん」
「あいつ、生意気なんだよな。後輩のくせに」
佐々木は吐き捨てるように言うと、空になったグラスを乱暴にテーブルへ置いた。乾いた音が店内に響き、周囲の客の視線がこちらを向いたが、佐々木は気にも留めない。
「ねえ、飲み過ぎじゃない? ペース落としなよ。全然食べてないし、空きっ腹で飲んだら悪酔いするよ」
「酔ってねえし」
「酔ってるよ」
「大丈夫だって!」
「こんなペースで飲むんだったら、私もう帰るよ!」
腰を上げると、再び客の視線が刺さった。店内は満席に近く、それなりに賑やかだったが、佐々木の暴走を抑えるには思いの外大きな声が出ていたようだ。そういえば、さっきから店員がちらちらとこちらを見ている気がする。
「ちょっと待ってよー。わかったから、とりあえず座って!」
佐々木は慌てた様子で立ち上がり、さらに大きな声を上げた。これではこっちが宥められていると思われてしまう。
「しっ」
結衣は眉をひそめ、人差し指を口元に立てた。
「声大きいから」
小声で注意するも、酔っている佐々木にはこたえない。
「じゃあ帰んないで! 早く座って!」
店員が一斉にこちらを向いた。そろそろ注意されるかもしれない。
「わかったから、静かにして」
結衣は仕方なく腰を下ろした。
「なあ、結衣ちゃんは新田のことどう思ってんの?」
さっきから、やけに賢吾の話ばかりしてくる。自分
の恋愛にしか興味がないタイプだと思っていた佐々木が、賢吾と自分との関係を仕切りに気にしている。その理由がわからず、結衣の胸には小さな違和感が積もっていった。
「どうって……。まあ人あたりもいいし、真面目だし、仕事もできるし、イケメンだし……って、みんなが思ってるのと同じだと思う」
「ふーん」
佐々木が不満げな視線を向けた。
「なに?」
「あいつ、昔かなり悪かったみたいじゃん。知ってる?」
「え? し、知らない」
突然何を言い出すのかと思えば――
「何か色々やべえことやってたって噂」
「噂でしょ? モテない男のひがみじゃないの? イケメンはね、どうしたってひがまれることあるんだよ」
結衣は賢吾を庇うように言った。実際、男も女もそういうものだ。
「俺は新田の知り合いって奴から直接聞いたけど、知りたい? 新田の秘密。会社にバレたら即効クビだと思う」
「えっ!?」
賢吾がやんちゃの部類だったことは確かだけれど、今となっては若気の至りとして笑い話にできる程度のことだ。警察に補導されたり喧嘩は度々あったが、それは仲間を守るためという理由があってのことだ。今も昔もいじめをするようなタイプではないし、無闇に人を傷つけたりはしない。犯罪に手を染めるようなこともなかったはずだ。それとも、自分の知らない数年の間に何かあったのだろうか。
「秘密って何なの?」
賢吾に限ってそんなことはないはずだと思いながらも、結衣は少し心配になっていた。記憶の中の賢吾は、中学三年の時で止まっている。そうなると、素性を隠して入社してきたことが気になってきた。
「ちょっとここじゃ話せないかな。万が一会社の誰かに聞かれたらヤバイし、店変える?」
「え?」
「行こっか」
「ちょっと待ってよ。まだ注文した料理も全部揃ってないよね?」
「いいから!」
佐々木は結衣の言葉も聞き入れずに席を立ち、レジに向かった。
「お客様、まだ全てのお料理が出揃っていないのですが、残りはキャンセルでよろしいですか?」
迷惑な客にも丁寧に対応しなければならない店員が気の毒で仕方ない。
「いえ、全部付けてくれて大丈夫です。こっちの都合なんで」
佐々木が当たり前のようにそう口にしたことで、結衣は内心「へえ」と感心してしまった。一応、客としての立場は、きちんとわきまえているらしい。