乾杯はふたりだけの秘密
 十一月に入り、売上データの集計後、営業報告書と月次資料の作成を無事に終え、一区切りついた結衣はコーヒーを飲みながら解放感に浸っていた。革製品メーカーは秋冬が繁忙期となるが、冬の需要にギフト需要も重なり、これからどんどん忙しくなる。
「先輩、今日はのんべえ会行くんですか?」
 不意に耳に届いた新田の声に、結衣の心臓が跳ねた。
「ああ、うん。行くつもりだけど」
「じゃあ、俺も行きますね」
 その言葉がやけに引っ掛かり、聞き流すことができなかった。
「あのさあ、新田君。もしかして私に気を遣ってくれてるんだったら、大丈夫だからね。今まで何十回と飲み会あったけど、ひとりでちゃんと帰れてたんだから」
「いえ、俺が行きたいから行くだけです」
 新田の弾けるような笑顔を目にして、結衣は拍子抜けした。
「ああ、そう……」
 てっきり、もう付き合いきれないと呆れられているものだと思い込んでいた。さすがにこれ以上醜態を晒すわけにはいかないし、迷惑をかけるわけにもいかないと、折を見て新田に伝えなければいけないと考えていたところだった。

「お疲れ~」
 結衣の声に続いて、ジョッキが心地よい音で触れあった。いつものメンバーといつもの場所で、のんべえ会が始まった。気掛かりが一つ払拭されて気分がすっきりした結衣は、晴れやかな気分でジョッキを傾けた。
「のんべえ会の中で、恋愛感情が芽生えたりすることってないんですか?」
 唐突に新田が言った。
「「「ない」」」
 気持ちいいくらいに三人の声が揃う。
「確かに結衣ちゃんは可愛いけど、恋愛対象としては見ないかな。俺ら彼女もいるし、結衣ちゃんも最近まで彼氏いたし、お互いに相談に乗ったり乗ってもらったりする仲だしな」
「だな」
 まさやんの意見に、同僚の中島(なかじま)(げん)ことなかじーも賛同した。
「けどさあ、前にのんべえ会のメンバーだったあいつ……佐々木。あいつは酒癖悪かったよな」
 なかじーが顔をしかめながら言った。
「ああ、あいつは酒癖っていうか、中身がクソ過ぎだろ。マジで無理だわ」
 いつも陽気なまさやんが珍しく怒りを露にした。
「佐々木さんって、営業の佐々木先輩ですか?」
 新田が尋ねた。
「そう、あの佐々木。あいつ明るくていい奴かと思ってたけど、飲み会で結衣ちゃんが席外した時に『ワンチャンやれんじゃね?』とか言いやがってさ。さすがに飲みの席とはいえ、聞き捨てならねえってなって、即刻退場させてそれっきり。俺もなかじーも仕事以外では付き合いやめた」
「へえ。そんなことがあったんですか」
「そうだったみたい。あの時、トイレから戻ったら佐々木君が消えててびっくりしちゃったんだよね。私のいない間に始まって、勝手に終わってたって感じ。まあそんなことがあって、この二人のことだけは本当に信頼してるの」
 結衣は新田に向けてそう言ったが、疚しさからその目を真っ直ぐに見ることは出来なかった。
「へえ。素敵な関係ですね。俺もぜひ仲間に入りたいです」
 新田がそんな言葉をさらりと口にした。
 ――いや、さすがにもう無理でしょ。
「まあ何より一番の理由は、俺らが全く結衣ちゃんの好みじゃないってことが大きいんじゃないかな」
 そう言ってなかじーが含みのある笑みを浮かべると、「それな!」とまさやんも釣られるように笑った。
「先輩の好みって?」
 新田が少し前のめりになり、興味津々な表情を向けている。
 一瞬、躊躇うような間があった。
「「ちょい悪セクシー」」
 まさやんとなかじーが声を揃えた。
「やだぁ、ばらさないでよー!!」
「へえ、そうなんですか。意外です」
 新田があの日と同じように、僅かに口角を上げた。
 その後も恋愛トークで盛り上がり、酒のペースもつい上がる。けれどそれは、新田がいるのをいいことに、とも言えた。
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