偽りの贖罪
 ライオット・イングラーシアを初めて見たのは、クリステルが十歳の時だった。
 士官学校は十二歳から入学し、十八歳までの六年間を過ごす。彼はクリステルより二歳年上、レオンよりひとつ年上の伯爵家の子息だ。
 漆黒のやや癖のある髪と、鋭く力強い光を放つ紫紺の瞳をしていて、少し肌が浅黒いのは彼の母親が異国のうまれだからだ。
 入学当時から同年代の誰よりも背が高く、体格もがっしりしていて、ひと際目を引いていた。
 とても優秀だと父もよく話してくれていた。
 士官学校に入る貴族の子息は、爵位を継げない次男や三男ばかりではない。家が代々軍門の家系であることから、家業として士官学校に入学する者もいる。ライオットは後者だった。
 彼の生家、イングラーシア伯爵家は、将軍職を多く輩出してきた武門の名門。数々の功績を上げてきて、過去には侯爵位に引き上げる話が何度ももちあがった。しかし毎回当主は爵位より名誉を重んじ、それを辞退してきたというのは有名な話だ。
 士官学校ではレオンのように爵位を継げないため軍に入隊する者達と、ライオットのように軍閥の家系であるため入隊する者達と、大きく分けて二つの派閥があった。
 ライオットの家はその派閥の中でも特に力があり、中心的存在だった。
 しかしいつも不機嫌そうな表情で、愛想もなかったことから令嬢達からは敬遠されていた。
 だが、クリステルにはそんなところも、魅力的に見えた。会えば教官の娘として、クリステルにはそれなりに丁寧に接して挨拶を返してくれる。訓練された機微で無駄のない所作もあるが、なにより圧倒的な威厳と存在感は、後からどうにかして身につくものではない。
 いずれは将軍となり、国防を担う存在になるだろうと、父も絶賛していた。
 彼は彼女にとって初恋の相手だった。
 もちろん、しがない準男爵の娘であるクリステルが、彼とどうこうなるなど思ってもいなかった。
 ストロベリーブロンドの髪と新緑の瞳は、美しいと父や母には褒められたが、誰もが目を引く美人でもないクリステルが、並み居る貴族令嬢を差し置いて彼に気に入られるわけもないことはわかっていた。
 ただの少女の憧れ、叶わない想いであることは理解していた。
 それでも彼の姿を見て、その落ち着いた少し掠れた声を聞くだけで、彼女は幸せだった。
 やがてライオットは士官学校を卒業した。
 士官学校の卒業式に、クリステルは教官の家族として参列させてもらえた。白い軍服に身を包み、卒業生代表として挨拶を述べた彼の姿を、今でも鮮明に覚えている。
 卒業後、彼は正式に軍に入隊すると、すぐに国境の警備に派遣され、クリステルと彼の接点はなくなった。
 そしてクリステルの初恋は、密かに終わったのだった。

「夫人? イパール夫人?」

 名を呼ばれ、クリステルは物思いから我に返った。
 目の前には心配そうに自分を見る牧師の顔があった。
 いつの間にか、牧師の祈りが終わっていたようだ。

「大丈夫ですか? お辛いでしょうが、弔問客の皆様にご挨拶をお願いします」

 夫の葬儀の最中、夫ではなく初恋の人を思っていたことを知ったら、神様は不謹慎だと思うだろうか。
 しかし、夫の愛人が堂々と葬儀に参列している状況なら、少しは寛容に受け止めてくれるのでなきか。
 そう思いながら、クリステルはくるりと後ろを振り返り、集まった弔問客ー野次馬ーの方を見た。
 
「本日は、夫のためにお集まりいただき、ありがとうございます。亡き夫も皆さまに見送っていただいていることを、どこかで見て喜んでいることでしょう」

 その声は凛としている。しかし黒いレースがついたトーク帽の陰に隠れ、表情を見ることはできない。

「本来なら棺へ花を捧げていただきたいとろではありますが、事情によりそれは控えさせていだきます。代わりにこちらに献花台を設けましたので、どうか皆様の記憶にある夫の生前の姿を思い浮かべてください」
「冷徹人間!!」

 皆に向かって語るクリステルに、そんな罵声が飛び、その場の空気が一瞬で凍りつく。叫んだのはもちろんユーリアだ。

「夫が亡くなったのに、どうしてそんな平静でいられるのよ! やっぱりレオンが言ったとおり、血も涙もないんだわ」

 そう叫んで、彼女はまたわあ~っと泣き崩れた。
 人々は固唾をのみ、クリステルの次の反応を見守る。
 
「ふう~~」

 クリステルは激するわけでもなく、細く長い吐息を吐いて、皆に頭を下げた。

「お見苦しいところをお見せしました」
「そ、それでは皆様、こちらからどうぞ」

 牧師が慌てて人々を促すと、最前列にいた人から順番に献花が始まった。
 参列者の列も半分ほどが献花を終えた頃、ガチャリと教会の正面玄関が開いた。
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