友達以上恋人未満

第9話:男友達の知らない顔

翌朝、雨はすっかり上がって、眩しいくらいの青空が広がっていた。
だけど、カバンの中で少し湿っている折りたたみ傘が、昨日の出来事が夢じゃなかったことを現実として突きつけてくる。
「由良ちゃん……! おはよう!」
始業前、教室の自販機コーナーでパックのいちごオレを買っていると、美奈ちゃんが駆け寄ってきた。その顔は、昨日の雨空とは正反対に、内側から発光するみたいにキラキラと輝いている。手に持っているのは、綺麗に乾かされて丁寧に畳まれた、私の折りたたみ傘だ。
「これ、本当にありがとう。おかげで濡れずに済んだよ」
「ううん、うまいこと使ってもらえて良かった。……で? どうだった?」
私がニタッと意地悪く笑ってみせると、美奈ちゃんは「もう、からかわないでよ……」と真っ赤になって、自分の着ている制服のリボンをいじった。
「あのね……すごく緊張したの。傘が小さいから、どうしても肩がぶつかっちゃって。そしたら楓くん、自分が濡れるのも構わずに、傘をずーっと私の方に傾けてくれて……」
ズキ、と胸の奥が痛んだ。
「へえ、あいつそんな紳士的なことできるんだ」
「そうなの! それにね、途中で大きな水たまりがあったんだけど、楓くん、私の腕を急に引っ張って『危ねっ』って避けてくれて……。そのときの顔が、普段教室で見せる笑顔と全然違って、すごく男の子で、かっこよくて……」
美奈ちゃんは胸元で手をぎゅっと握りしめて、思い出すだけで恋に溺れそうな表情をしている。
「……そっか。良かったね」
私は、いちごオレのストローを強く噛みつぶした。口の中に広がる人工的な甘さが、今はひどく苦く感じる。
知らなかった。
私の知っている楓は、一緒に傘に入れば『狭いんだけど!』『お前がデカいんだよ!』と言い合って小突いてくるような、ただの『男友達』だ。
私を水たまりから守ってくれるときだって、『おい見ろ、水たまりだぞ』と小学生みたいに飛び越えて見せるような、ガキっぽい奴だったはずだ。
美奈ちゃんの前で見せた、傘を傾ける優しさも。
女の子として腕を引く、男の子らしい手のひらの熱さも。
私の前では、一度だって見せたことのない、楓の『知らない顔』。
それは、私という「一番の友達」のフィルターを通さない、ただの「一人の男の子」としての楓だった。
「私……もっと楓くんのこと、知りたくなっちゃった」
美奈ちゃんの真っ直ぐな言葉が、心に刺さる。
今まで、誰よりも楓の近くにいて、誰よりも彼のすべてを知っているつもりだった。だけどそれは、私の大きな勘違いだったのかもしれない。
『友達』というシートに座っている限り、私は楓の『男の子としての顔』を、永遠に見ることはできないのだ。
「うん……そうだね。もっと、アピールしていこ」
私はひび割れそうな笑顔を張り付けて、美奈ちゃんの肩をぽん、と叩いた。
手元に残った、綺麗に畳まれた折りたたみ傘が、私と楓の関係の冷え切った境界線のように、ひどく冷たく感じられた。
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