【二度目の恋は、突然に】片山聖ハイスペ総務部長が推す相手は、削り節の香り

災難と出会い

 それは、昼休みが終わる頃だった。
 昼食後、おやつを買いに外へ出た恵那は、エコバッグを手に、会社が入っている建物1階ロビーをエレベーターホールに向かって急いでいた。
 裕太が二人の仲を公言した後の出社には、気恥ずかしいものがあった。だが、根回し済なのか、誰もそのことについて問い質さなかった。
 ただ、社内で、裕太とやたら視線が合うこと、その度に周囲の目が生温かいものになること、そして、他部署の人たちが時折、恵那を見て、ひそひそ話をしていることには気付いていた。
 だから、なるべく目立たないよう、行動していたつもりだったのに。
エレベーターの扉が開き、前の人に続いて乗り込もうとしたとき、恵那は、不意に何者かに腕をつかまれ、ロビーに連れ戻された。
 鬼の形相で恵那の腕を掴んでいたのは、華やぎのあるスーツに身を包んだ見知らぬ女。首から下げたIDカードから、社内の人間であることが推察された。
 女は、「この泥棒猫!」とロビー中に響き渡るような大声で叫ぶやいなや、恵那を乱暴に床に引き倒した。次いで、呆然とする恵那の髪を掴んで上体を無理に引き起こすと、「このブス、このタコ、この芋女」などと叫びながら、恵那の顔や頭を、それまで履いていたヒールで殴りつける。
 痛いし、臭いし、訳分からない。
 反射的に手で防御していると、「何、やってんだよ!」との声と共に、女が恵那から引き剥がされた。
 二人の間に割って入ったのは、裕太だった。
 「何よ。この浮気者!」
 「はあ?俺、お前と付き合ってませんけど?」
 「酷い!」
 裕太と女の間で、言い争いが始まる。どうやら女は、裕太と付き合っているつもりでいたが、裕太が恵那との交際を匂わせて話題になったため、略奪されたと思い込んで、とっちめに来たらしい。
 とんでもないとばっちり。恵那の目に、涙が浮かぶ。
 (そんなに好いてくれる人がいるなら、そっちとくっつけばいいのに)
 そんな考えを読んだのか、裕太が叫ぶ。
 「恵那!俺、恵那一筋だから!こいつとは、付き合ってないから!信じて!」
 その割には、彼女と親しそうだ。タメ口でのやりとりや、粗野な態度。それは、家族や気心の知れた相手の前でしか、見せないものなのでは?
 恵那の裕太への気持ちが、どんどん冷えていく。それに伴い、天地が入れ替わるような感覚と共に気持ち悪さを覚えた恵那は、ぐにゃりと床に倒れ込んだ。
 「恵那!」
 駆け寄ろうとする裕太の腕を、女が、掴む。
 「離せよ!」
 「まだ、話は終わってない!」
 「しつこい!」
 いい争う二人の声が、不明瞭になっていく。と、近くで、力強い声がした。
 「おい、大丈夫か?」
 鼻をくすぐる、華やかな匂い。高級料亭で嗅いだことのあるような。
 恵那は、がばっと身を起こし、相手の懐に潜り込むと、犬猫のように一心に、その匂いを嗅いだ。
 「え?あ?おい!」
 驚いて尻餅をついた相手の上に、恵那は、ごく自然に、のしかかった。その妙に心惹かれる匂いを嗅ぎ続けたまま。
 「心に染みる~」
 「お、おう?それは良かった」
 恵那が漏らした言葉に驚きを隠せない、その相手は、海外事業部開設準備室室長の井ノ原(いのはら)慶吾(けいご)だった。
 今年34才になる井ノ原は、現社長の甥である総務部長、片山(かたやま)(ひじり)の学友で、大学で法律を学んだ後アメリカに渡り、グローバル企業の現地法人でキャリアを積み上げてきた。
 その井ノ原を、会社が海外事業部立ち上げを検討し始めた段階で片山がヘッドハンティング。開設準備室の室長に据えた。
 優男の片山に対し、威風堂々とした佇まいの井ノ原。一見、強面だが、実直で良く気がつく彼を、片山は良く連れ回している。
 この日も、一緒に外で昼食を済ませ、仲良く戻ってきたところだった。
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