札束でビンタから始まる怪力令嬢の勘違い契約結婚~お飾りの妻は最高です~
「ありがとう」

「…………え?」

「彼女たちを救ってくれて」


どうやら影蜘蛛の手当てをしたことを言っているようだ。


「いえ、大したことはありません」

「なぜあんなことができる?」

「なぜ、とは?」

「手慣れているように見えた。それに血が恐ろしくないのか?」


彼はいつからオリヴィアが応急処置をしているのを見ていたのだろうか。
フラッシュバックする光景は今まで無意識に記憶の端に追いやっていたものだ。


「恐ろしくなどありません。それよりもいなくなるほうがずっと怖い」

「…………!」


隣で笑っていた誰かが人形のように動かなくなる。
その背筋が凍るような絶望や恐怖をオリヴィアは誰よりも知っていた。
だけどそれと同時に失っても強くいられるように覚悟を決めたのだ。


「それに当たり前のことをしただけですから。何もできずに失うのは……もうごめんよ」


オリヴィアの声が低くなっていく。
積み上がった死体を見つめながら、自分が何を思ったのか思い出したくもない。
手のひらは微かに震えていた。その恐怖を握り潰すように力を込めていた。
彼はオリヴィアがなんのことを言っているのか察したのだろう。

ロベールは膝をついた。
大きな骨ばった手が、オリヴィアの拳を包み込むように握る。


「認識が甘かった。俺のせいだ……」

「…………」

「……こんなはずではなかったのに」


彼の後悔や悔しさが体温から伝わるような気がした。
いつもよりもロベールの声が弱々しく思えた。
この姿が演技だとは思いたくはない。
それを確かめるためにもロベールに視線を送る。

どこか遠くをみているロベールは血が滲みそうなほどに唇を噛んでいる。
この姿をオリヴィアは知っていた。
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