〝選ばれるはず〟だった令嬢がいるのに、彼は私と契約結婚する
「はぁ……」
玄関ドアを閉めたその内側にもたれかかり、あらゆるものを手放すように口から大きな息をつく。
相変わらず暑いひとり暮らしの部屋に耐え切れず、すぐにパンプスを脱いで奥の窓を開けにいく。空気に入れ替えを始めると同時にエアコンもオンにした。
今さっき、このマンション前でここまで送り届けてくれた白河先輩を見送ったばかり。
ディナー中に予想もしなかった話の展開になり困惑したけれど、その後は他愛のない話で和やかな時間が流れた。
帰りの車内でもそれは変わらず、別れ際『今日の話は、よく考えてみてほしい』とだけ言われた。
正直、未だに信じられない。
大学時代、雲の上の存在で近寄りがたかった白河先輩と再会して、まさか婚約者に立候補したいと言われるなんて夢にも見ない。
白河先輩を信用していないとか、疑っているわけではないけれど、話に現実味がなさすぎてすんなり受け入れられないのだ。
リビングのソファに座り込み、やっと落ち着いて考え始める。
白河先輩としても、結婚をして身を固めたいという事情があると言っていた。
その相手が私で適しているのか不安しかないけれど、それは白河先輩のご両親がどう受け取るかだと思う。
私側は……。
父は、白河先輩の話をすればきっと医療人として白河グループを知っていると思うし、驚くに違いない。
その白河家のご子息で心臓血管外科医の白河先輩に婚約者として立候補されたと伝えれば、私同様に驚愕して理解が追い付かないと予想する。
『俺なら医師を引退して家に入ってほしいとは言わない。お父様の医院で一緒に診察をしてほしいし、引き継いでほしいと思ってる』
白河先輩が言ってくれたこの言葉が、私の心の中で強く残っている。
父の医院を失くさないために望んだ縁談。
確かに医院は守られるけれど、結婚をすれば医師を捨て妻として生きなくてはならない。
父の医院を後継できない。
そうわかったとき、私は医師として父と共に仕事をしたかったのだと再確認した。
だから、白河先輩からの言葉は胸に響き、今も響き渡って木霊している。
サークル時代、将来父の医院を継ぎたいと言っていたことも覚えてくれていた。
同じ医師として、後継者として、気持ちを汲んでくれているのかもしれない。
父の医院も守られ、私自身も医師を続けられる、父を後継できる。それならば、迷わずそっちを選ぶ。
思い立ったようにバッグからスマートフォンを取り出す。
メッセージアプリから父とのトークルームを選び、話がある旨を打ち込んだ。