〝選ばれるはず〟だった令嬢がいるのに、彼は私と契約結婚する
父の瞳が動揺で揺れる。
白河先輩と再会したとき、私が縁談の席にいたのを政略結婚だと察したこと。
医大時代から好感を持ってもらっていた上で、私を助けたいと思ってくれたこと。
結婚しても医師を辞めなくていいし、父の医院を継承してほしいと言ってくれたこと。
白河先輩が言ってくれた言葉を思い返し、ひとつひとつ伝えていく。父は私の話を黙って聞いてくれていた。
「白河家のご子息と知り合いだったのも驚いたが……莉桜に好意を持っていたとは」
「好意って! 別に、そこまでではないよ、きっと」
「特別な感情がないのに、そんな話を申し出るわけないだろう」
はっきりと言い切られ、意識して顔に熱が集まる。独り言のように「そうなのかな……」とごにょごにょ呟いた。
「莉桜はどうなんだ。その白河さんのことは」
「どうって……学生時代は、憧れの方っていう存在で、関わるのも難しかったから」
私の返事を聞き、父は黙り込む。話があるとやってきて、急にこんなことを打ち明けられて困っているのだろうか。
宙を彷徨っていた父の視線がゆっくりと私に向く。
「実は正直、澤井さんの家と縁談することに決めて、心苦しかったんだ。好いてもない相手と、家のために一緒になってもらうのは、やはり莉桜の人生を狂わせてしまうかもしれないと。この間の席で、となりでにこにこしてくれているお前を見ては、後悔ばかりが膨らんでいた」
思わぬ父の心の内を打ち明けられ、わずかに胸が締め付けられる。なんと言葉をかけていいのかわからず、「お父さん」と呼びかけていた。
「私は、ここを残したいから澤井さんちに行くって、自分で決めたんだよ。だから、お父さんが心苦しくなる必要なんてないんだから」
「いや、そんなことはない。あの後、ずっと考えていた。やっぱり、この話はなかったことにしてもらおうかと。でも、今の話を聞いて悩みは消えた。澤井家には、今回の話はお断りしよう」
迷いのないはっきりとした声。父はすっかり皺が増えた顔に穏やかな微笑を浮かべる。
「莉桜にとって憧れの方との婚姻が、私にとっても嬉しい」
父はそう言い、すっかり汗をかいたアイスコーヒーのグラスを手に取った。