〝選ばれるはず〟だった令嬢がいるのに、彼は私と契約結婚する
「次会うまでに、〝白河先輩〟呼びを卒業すること」
「えっ!」
「簡単な課題だろう」
「簡単、ではないような……」
これまでずっと白河先輩と呼んできたのを、急に名前で呼ぶようにするのは難しいに違いない。
でも、白河先輩は前からそう呼んでいたかのように私を莉桜と呼んでいる。
婚約して結婚するのだから、私も悠真さんと名前で呼べるようにしないといけない。
「ちょっとひとりで、練習しておきます」
「ああ、そうしてもらおうかな」
車のロックが解除される音が静かな駐車場に鳴り響く。
不意に悠真さんが背を屈め、目の前に影が落ちる。近づいた端整な顔に驚いて固まっているうち、頬に触れるだけの口づけを落とされた。
「また連絡する」
運転席に向かっていくスーツの背中を見つめながら、バクバク鳴ってしまっている心臓に自分自身で驚く。
悠真さんが車に乗り込み、ドアを閉めた音でハッと我に返った。そそくさと駐車場の入り口へと向かい見送る。
車庫から車を出した悠真は、駐車場の入り口に立つ私の前で車を一時停止させた。
「次は、うちの両親に会ってもらうよう、段取りしておく。お父様の医院のことも、弁護士に頼んでおくから安心して」
「はい、よろしくお願いします」
悠真さんは「また」と言って駐車場を後にした。
去っていく白い車体を見つめながら、打ち付けるようになる心臓に手を当てる。
頬にちょっとキスされたくらいでも、私にとっては一大事。
男性とのこういう距離間に慣れていないから、その場でどんな顔をすればいいのかわからないし、あとになってもいつまでも落ち着かない。
婚約は前途多難かもしれないと思いながら、遠く小さくなった車が曲がって行くのを見ていた。