〝選ばれるはず〟だった令嬢がいるのに、彼は私と契約結婚する


 ここのところ十七時台は混み合うこともなく、十八時きっかりには医院の玄関を閉めることが多いと聞いている。

 診察終了近い時間に飛び込みの患者が来るなんてことはなく、診察時間を延長して病院を開けていることもなくなったなぁと、父はどこか切なそうに言っていた。

 近くには、新しく、医師が日替わりで夜遅くまで診察をしている医院もある。

 現役世代は、遅くまで開いている病院をかかりつけ医に持つことが増えていると感じる。

 現に、父の医院の大半は定年を迎えた年代が主で、その子どもたちや孫という家族ぐるみで通ってくれているパターンが多い。

 病院の脇にある人ひとりが通れる小さな門を開け、裏手にある住居の玄関へと向かう。飛び石が敷かれた小路を進みながらキーケースから実家の鍵を掴んだ。

「ただいまー」

 玄関を入り、中に声をかける。奥から父の「おかえり」という声が聞こえた。

 この家には、今は父がひとりで住んでいる。

 母は三年前、長期に渡る闘病の末に他界した。

 私が医師国家試験の合格をもらった直後のことだった。

『お父さんを支えてあげてね』

 そう言った母の言葉は今でも鮮明に覚えている。

 今思えば、母は私が医師免許を取るのを見届けてから旅立ったのかもしれない。

「悪いな、仕事後に呼びつけて」

「ううん、大丈夫だよ」

「夕飯、食べていくか。今ちょうど用意してるんだ」

「うん、じゃあお言葉に甘える」

 父は母がまだ生きている頃から、医師として病院に立ちながら家事もこなしていた。

 特に料理は自己流で勉強をし、いろいろなものを作れるようになった。

 母がいなくなってしまってからも、自炊をしバランスのいい食事を心がけているから感心する。

 リビングの傍らに荷物を置き、キッチンに近づく。

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