〝選ばれるはず〟だった令嬢がいるのに、彼は私と契約結婚する
「あなたの診察がいい加減だから、うちの子、肺炎になりかけて入院したのよ! どう責任取ってくれるのよ!」
女性はほとんど出会い頭に苦情を突き付けてくる。しかも、わざと周囲に聞こえるような大声を上げ、私の前に立ちはだかった。
「適当なこと言って、適当な薬処方して。信じてたらどんどん悪化したじゃない! 他の小児科で診てもらったら、あと少し遅れたら手遅れになるって言われたのよ!」
「あの、ちょっと待ってください」
「言い訳する気なの⁉」
怒鳴り散らす女性に、外来受付に訪れている患者の注目が集まる。
女性に落ち着いて話してもらおうと思いながら、違和感を覚え始めていた。
これまで診察した患児の保護者であれば、必ず見覚えがあるはずだ。たとえ一度しか会ったことがなくても、顔を見れば思い出すはず。
それなのに、この女性のことは全くと言っていいほど記憶に残っていない。もちろん、私が誤診したという子どもの顔も思い浮かばない。
「こちら、他の患者様も多く待たれている場所ですので、奥の部屋でお話を伺わせていただきたく思います。カルテを用意しますので、お子様のお名前と誕生日をお願いします」
落ち着いて丁寧に伝えると、女性は突然「もういいわよ!」と捨て台詞を残し、足早にその場を立ち去っていく。
今の今まで大騒ぎをして、賠償金でも求める勢いだったのに、じっくり話そうと提案した途端あっさりと帰っていってしまった。
過ぎ去った嵐に、やっぱりなにかおかしいと感じながらも、待合いにいる患者の警戒するような視線に身が縮こまった。