〝選ばれるはず〟だった令嬢がいるのに、彼は私と契約結婚する
その後、荷解きがきりのいいところまでいくと、マンションを出て買い出しに出かけた。
調理器具や食器、生活に必要なものを相談しながら買うのは和気あいあいとして楽しい時間で、昼過ぎから出かけたのにあっという間に外は暗くなり始めていた。
帰り道で夕食を食べて帰ろうということになり、悠真さんがよく行くという鮨屋へ連れていってもらう。
カウンターに海鮮が並ぶこじんまりとした店は、暖簾をくぐって顔を出すと店主が「白河先生、いらっしゃい」とすぐに悠真さんを歓迎する。かなり常連のようだ。
「こんばんは」
「今日はお連れの方がいるんですね。奥の席どうぞ」
カウンター席の他に、奥に半個室の席が数席ある。そのうちの一席に腰を落ち着けた。
「なににする? 苦手なものがなければ、適当に作ってもらえばいいと思うけど」
「特に食べられないものはないです」
「わかった」
悠真さんはスタッフを呼んでメニューから適当に注文をする。
向かいでスタッフとやり取りをしている悠真さんを見つめながら、ふと不思議な気分になる。
未だに〝白河先輩〟とこうしてふたりでいるのも、向かい合って食事をするのも、私にとっては現実味が薄い。
少しずつ慣れていくかもしれないけれど、今日からひとつ屋根の下で暮らすというのも信じられない。
「どうした?」
私がじっと見つめていたせいか、悠真さんが小首を傾げている。
「あ……すみません。なんか、こうして一緒にいるのが不思議だなって。ふと思ってしまって」
悠真さんは「今更?」と笑う。
「まだまだ実感が湧かないです。今日から一緒の住まいだというのに、変ですよね」
「でも、莉桜が言ってることは少しわかるよ。縁あって、再会して、夫婦になるなんて思ってもみなかった。莉桜とね」
「はい。本当に、父の医院を助けていただきありがとうございました。この婚姻で、それに見合うことが私にできるのか、そう考えてばかりですが……」
私との結婚がその対価になるのか……父の医院を助けてもらったことと対等になるとはどうしても思えず、気がかりは消えない。
悠真さんは柔和な微笑を浮かべる。
「この結婚は、俺にとってもメリットがあるからなにも気負うことはない。なにも心配しないで、妻としてとなりにいてくれればそれだけで十分だ」
私の不安をすべて打ち消すような言葉をかけてくれる悠真さんに、これ以上うじうじした気持ちを吐露するのは余計申し訳ない。
「次のふたりの休みには、婚姻届を出しに行こう」
「そうですね」
恩を忘れず、悠真さんが私との婚約を後悔しないようによき妻になろう。心の中で静かに誓った。