〝選ばれるはず〟だった令嬢がいるのに、彼は私と契約結婚する
それから、どのくらいの時間が経過したのかはわからない。
「──桜、莉桜?」
瞼が痙攣しているようにぴくぴくする。ゆっくり目を開いていくと、かすんだ視界の中に私を覗き込む悠真さんの顔がぼんやり見えた。
「莉桜」
「悠真さん……私……」
白い天井に、むき出しの蛍光灯。ベッドを囲うようにして敷かれたカーテン。見えた光景で、自分が病院のベッドに横になっていると知る。
記憶を辿る。仕事を終え、電車に乗ろうと駅の階段を上がっていたらあと少しというところで階段から落ちたのだ。
結構豪快に落ちたから、頭も打ったのだろう。どうやって搬送されたのか覚えていないあたり、少し気を失って記憶が飛んでいるようだ。
「私、駅で階段から落ちて……」
「ああ、連絡がきて驚いた。腕と脚を打撲している。念のためにMRIも撮ってもらおう」
さっきまでいつも通り仕事を終えて電車に乗ろうとしていたのに、負傷して救急搬送されるなんて想像するはずがない。
「ごめんなさい。私の不注意でこんなことに……」
「莉桜が謝ることじゃない。事故だったんだ。とにかく、無事でよかった」
悠真さんは神妙な顔になんとか笑みを浮かべたような表情で私を見つめる。
待ち合わせをしていた私が来ず、救急搬送されたと連絡がきた悠真さんの気持ちを思うと、相当心配させてしまったと想像できる。
もしも逆の立場だったらと考えると、居ても立っても居られなかっただろう。
「あ……婚姻届」
こんなことになってしまったら、今日の約束も台無しだ。
「今は、治すのが優先。一緒に行きたかったけど、書類は俺が出しておく」
「はい。すみません」
悠真さんは柔和な笑みを浮かべ、「MRIの依頼をしてくる」とパイプ椅子を立ち上がった。