〝選ばれるはず〟だった令嬢がいるのに、彼は私と契約結婚する
「こんなことなら、クラッチを借りてくればよかったですね……」
「右腕を痛めているし、クラッチで支えるのもきついだろう。のちのち他にも痛む部分が出てくるかもしれない。むしろ、今日のところは車椅子くらいのほうが安心だったな」
エレベーターが一階に到着して乗り込むと、悠真さんは抱いた私を操作盤に近づける。無事なほうの手で居住階のボタンを押した。
今になって、急激に近づいたこの距離間に緊張が増してくる。
しっかりと体を支えてくれている力強い腕。近距離で見る整った綺麗な顔立ち。意識すると鼓動が主張を始める。
こんなときになんて不謹慎なんだと自分を責めてみても、心音は一向に落ち着いていかない。
やっと住まいのドアの前に到着すると、悠真さんは声掛けをしながら慎重に私を着地させた。
「重いのに、ご迷惑を……」
カードキーで解錠する悠真さんにぺこりと頭を下げる。今の今まで募っていた緊張のせいでまともに顔を見上げられない。
「迷惑なんて思うわけないだろう。もう夫婦なんだから、こんなの当たり前」
そう言いながらドアを大きく開き「それに、まったく重くない」と言って口角を上げた。
「とにかく、今日は安静にして、明日以降、仕事も事情を伝えて休んだほうがいい」
玄関の内側に入ると、悠真さんはもう慣れたように私を横抱きにする。靴を履いたままリビングのソファまで運ばれ、靴を脱がされた。
「はい。でも、診察できそうなら出勤します。通勤だけ、気をつけて」
「診察、できるか?」
「悠真さんのようにオペに入るわけではないですし、普通の診察なら大丈夫です。私を希望して来院してくれている子たちもいますので」
女性のドクターがいいと、私を選んで来てくれている患児もいる。定期的に経過を診ている子もいるし、できるだけ不在にはしたくない。
「でも、少し落ち着くまでは無理しないほうがいい。勤務先までの送迎はできるだけする。どうしても厳しいときだけタクシーに頼ってもらうことになるけど」
「はい。すみません、しばらくご迷惑をおかけするかと思います」
足と腕を傷めているのだから、不自由のせいで悠真さんにも負担をかけてしまう。無理はせず、一日も早く快方に向かいたい。