〝選ばれるはず〟だった令嬢がいるのに、彼は私と契約結婚する
「すみません、お待たせしました」
「大丈夫か、ちゃんと入れた?」
「はい。濡れないようにするのがちょっと大変でしたけど、頭を洗うときだけ足にビニール袋巻いたら洗いやすかったです」
片手で髪を拭いていると、また悠真さんに抱っこでリビングまで運ばれていく。ソファに座らせ、「ちょっと待ってて」とリビングを出て行く。すぐにドライヤーを片手に持って戻ってきた。
「髪、乾かすよ」
「え、でも」
「そのまま座ってて」
肩にかけているタオルで髪を包み込み、優しい力で拭いていく。ドライヤーの温風をかけながら手ぐしで乾かし始めた。
至れり尽くせりで申し訳なさが込み上げる。
「なんか、すみません……」
自然と謝りの言葉が出てきた私を、悠真さんは「なに謝ってるんだ」と言う。
「お風呂は長時間占領した上に、髪まで乾かしてもらって……謝ることばかりですもん」
「なんだ、そんなことか。気にしすぎだ」
ドライヤーの温風の中、少し大きめな声で悠真さんが言う。髪を少しずつ分けて乾かしてくれる丁寧な指先に意識が集まっていく。
「それに、俺が好きでやってるんだから」
「え、好きで……?」
「莉桜の綺麗な髪を乾かしてみたいっていう、欲求?」
そんな言い方をされるとたちまち鼓動が打ち鳴り、ますます悠真さんが触れる髪に意識が集中していく。
ほんの少し前まで、男性に触れられる経験もなかったのに、婚約してから未経験のことが一気に押し寄せている。それが今回のケガで加速している感覚だ。
手を繋いだり、抱き上げられたり、髪を乾かしてもらったり……。
今日は悠真さんといる時間、ずっとドキドキしているような気がする。
「──よし、いいかな」
「ありがとうございます」
「どういたしまして。じゃあ、俺も入ってくる」
ドライヤーを片付けた悠真さんに笑いかけられる。
その穏やかで温かい表情にまた鼓動がトクンと音を立てた。