〝選ばれるはず〟だった令嬢がいるのに、彼は私と契約結婚する
「莉桜もそんな風に感じてたなら、嬉しい」
そう言ってわずかな力で手を引き、腕の中に包み込む。
初めてこんな風に抱きしめられ、瞬きを忘れてじっと身を委ねた。
たちまち鼓動が早鐘を打ち始める。私の心臓の前に悠真さんの胸があるから、乱れている心音が伝わってしまいそうでまた緊張する。
悠真さんは痣になっている私の右腕を気にかけながら、回した腕をそっと緩めた。
近距離で目と目が合う。こんな近くで見つめ合ったのが初めてで、無意識に息を止めていた。
「っ……」
傾いた端整な顔が近づいて、柔らかく唇が触れ合う。こういう男女の絶妙な空気感にこの歳になっても疎い私は、目を開いたまま。
どうしたらいいのかわからずいるうち、悠真さんの顔が離れていく。
「正式に夫婦になったから、もう許されるかな?」
そんな風に言われると、顔に熱が集まってくる。絶対に赤面しているであろう顔を見た悠真さんは、これまであまり見たことのないどこか意地悪な微笑を浮かべて私の返答を待つ。
どんどん体が熱くなってくる感覚に耐え切れず、小さくこくこくと頷いた。
そんなたじたじな私を、悠真さんはくすっと笑い頭をよしよしと撫でる。
「夫婦仲は、慌てないで、ふたりのペースで深めていこう」
耳元で囁くように言い、また腕の中に閉じ込める。
始まりこそ、悠真さんが父の医院を救ってくれ、私自身の後継も考えてくれる婚姻を結んでくれるからというのが一番だった。
当時、雲の上の存在だった先輩は、遠くから見ていた通り優しく頼れる人で、契約のような結婚でもこれでよかったのだと思い始めていた。
でも、一緒に過ごす時間の中で、彼の人となりに自然と惹かれ、今はもっと彼を知りたいと思っている。
だからこそ、美玲さんに言われたこともずっと引っかかっていて、心を陰らせたのだと今になって理由を自覚する。
打ち鳴る鼓動を聞きながら、悠真さんへの確かな想いに気づいていた。