〝選ばれるはず〟だった令嬢がいるのに、彼は私と契約結婚する
十月に入ると、暑さは大分和らいでくる。初旬に数日降り続いた雨が止むと、一気に秋めいて朝晩は羽織物が必要になった。
悠真さんと入籍してから早くも半月が経とうとしている。
引越しや思わぬケガに見舞われ、最後に父に会ったのは一か月前の食事会のとき。婚姻届を提出してからは直接の報告に行けておらず、今日は勤務後に実家を訪ねることにした。
悠真さんは今晩は恩師との会食があると言っていたから、夕食は別々でという話になっている。
父にはデパ地下でなにか美味しそうなお惣菜でも買っていくと伝えておいた。
「ただいま」
自分で鍵を開け玄関を入る。中に声をかけても珍しく父が出てくることはなく、玄関を上がってリビングに顔を出す。
父はダイニングテーブルにひとりかけ、なにか書類のような紙を眺めていた。その傍らには珍しく水割りのようなグラスが置かれている。
「お父さん?」
「ああ、莉桜。帰ってたのか」
声をかけてやっと私の存在に気づいたらしく、手元の書類を封筒に仕舞い始める。
「ただいま。玄関入ったときも声かけたのに」
「そうか、聞こえなかったよ」
父はくしゃっと笑みをつくり椅子を立ち上がる。
キッチンに入っていくところに、買ってきたお惣菜を差し出した。
「新生活はどうだ。忙しくしてるか」
「うん、やっと少し落ち着いてきたかな」
「入籍も、おめでとう」
「ありがとう。本当はすぐに言いに来たかったんだけど、いろいろあったせいで遅くなってごめんね。悠真さんも、お父さんに改めて挨拶に来たいって」
「階段から落ちたって聞いたが、大したことなくてよかった。打ち所が悪かったら、ただのケガじゃすまなかったからな。あとで聞いて驚いたよ」
婚姻届を提出するのが延期になった理由が、私が駅の階段から転落したからだと報告を受けた父は驚いていた。
幸い打撲程度で済んだけれど、父が心配したように打ち所が悪ければ今も入院をしていたかもしれない。