〝選ばれるはず〟だった令嬢がいるのに、彼は私と契約結婚する
「まぁ、いろいろとご事情があってのことだと思うけど……我が家はみんな小宮山先生に診ていただいていたでしょ? この間なんて、うちのじいさん歩けないからって、先生が往診に来てくださって。お忙しいのに……そうやって、気遣って診てくださる小宮山先生がお辞めになるのは、うちはこれからどこで診てもらったらいいのかって、不安でね」
佐藤さんの話を聞きながらも、頭の中は混乱に陥っていく。
「ごめんなさいね、こんなところでこんな話をして。先生も、休憩中よね。またね」
まともに反応もできないまま、佐藤さんが目の前から消えていく。
病院を畳むことになったと、通ってくれている患者さんから聞くとはどういうことだろうか。
でも、佐藤さんが根拠のない噂で私にそんな話をしてくるはずもない。
だとすれば、父から、もしくはうちの医院を知っている誰かからそんな話をされたということ……?
それ以前に、医院を畳むなんて聞いていない。
経営が傾いて、これまで何度も医院を畳もうかという話は浮上していた。それでもなんとかやってきて、つい数か月前には悠真さんの支援でそれも解決しているのだ。
今になって医院を畳む理由がひとつも思い当たらない。
慌ててスクラブのパンツポケットからスマートフォンを取り出す。
真っ先に父の番号を出し電話をかけた。
「もしもし、お父さん?」
《莉桜……どうした》
「どうしたじゃないよ。今、うちに通ってくれてる佐藤さん、お孫さんまでうちで診てる、あの。ばったり会って、そうしたら、うちの医院が畳むって」
言葉がうまくまとまらない。それでもなんとか要点だけは伝えて父の回答を待つ。通話はいっときの沈黙が落ちる。
それが不安を煽り、急かすように「お父さん!」と呼びかけていた。