〝選ばれるはず〟だった令嬢がいるのに、彼は私と契約結婚する
《ごめん、莉桜。父さんが、不甲斐ないばかりで……》
返ってきた言葉で、信じられない話が現実味を帯びてくる。
「ちょっと待って、いったいどうしてそんなことになるの? だって、病院の経営も落ち着いたはずだし、これからまた頑張っていこうってこの間言ってたばかりなのに」
《この辺り一帯に、メディカルセンターを建設するという話が出てきたんだ。大手医療系企業が計画しているもので、この病院を畳んで、そのメディカルセンタ―の中に内科を作るからそこで院長をしてほしいと》
ぽっと出の話にしてはスケールのでかい内容で、理解が追い付いていかない。
黙る私に、父は淡々と話を続ける。
《もちろん、断った。守ってきたこの医院には代えられない。それに、莉桜が、悠真くんが守ってくれた医院だ。私はこのままここで続けると話を拒否した》
「それなのに、どうして……」
《その計画をしている会社の役員という人間が、一度話だけさせてほしいと言って訪ねてきたんだ。その招待された食事の席でも、前向きな回答はできないと伝えた。でも……》
「でも?」
再び数秒の沈黙が流れる。
ざわざわしているコンビニ周辺の音がすべて遠のき、スマートフォンの向こうの音だけが耳に届いているように意識が集中していく。
《気が付いたら、買収の契約書に、サインと、指印が押されていた》
「気が付いたらって……え、それって、お父さんの意思じゃないのにっていうこと?」
《恐らく、眠らされたのかもしれない。でも、覚えていないんだ。もちろん抗議した。しかし、どこにその証拠があると言われてしまった》
「そんな……」
聞かされた内容に言葉を失う。
そんなこと、まかり通っていいのか。いいわけがない。
父を眠らせ契約書を作成したとすれば、それは父の意思を無視した犯罪行為だ。
「お父さん、とりあえず仕事が終わったら帰るから」
混乱する気持ちを抑えて通話を終わらせたものの、しばらくその場から動き出せなかった。