〝選ばれるはず〟だった令嬢がいるのに、彼は私と契約結婚する
「こんにちは」
にこりと微笑んだ美玲さんは、今日も胸下までの長い黒髪を毛先だけワンカールし、顔立ちのはっきりとしたメイクをしている。
淡いピンクのツイードセットアップがよく似合っている。
顔を合わせ、私のほうからは一礼をした。
「下がっていていいわ。ふたりきりで話がしたいの。部屋の前にいてちょうだい」
美玲さんに指示をされ、秘書の男性は「かしこまりました。なにかあればお呼びください」と部屋を出ていく。
入り口の扉が閉まる音がすると、美玲さんは「どうぞ、おかけになって」とそばのソファを私に勧めた。
「いえ……」
本当は今すぐにでも本題をぶつけて問い詰めたいところ。じっくりソファに腰かけて話すようなことではない。
「そう。じゃあ、私は失礼して」
美玲さんは私に構わず、対面するソファへと腰を落ち着けた。
「あなたが、父の病院を……?」
単刀直入に用件を切り出す。
美玲さんは微笑を浮かべ、じっと私を見つめている。大きな目に迫力があって威圧感を与える。
「あなたの家が関わるメディカルセンターが、父の医院がある場所に計画されるなんて偶然とは思えない」
「察しがよくて助かったわ。わたくしのほうから呼び出さなくて済んだんだもの」
とうとう正体を現した美玲さんは案外潔い。どうやら誤魔化すつもりはないようだ。
「父は、持ちかけられた話を断ったと言っていた。にも拘わらず、契約書にサインをさせられていた」
「ああ、これね」
美玲さんはそう言って、ソファに置いてあるハイブランドのバッグから紙切れを取り出す。
それを広げ、私に見えるようにかざした。
取り返そうと思わず体が前に出かけた私に、美玲さんは「残念、これはコビーだから」と紙を折りたたむ。
完全に向こうに遊ばれている状況で、つい奥歯を噛みしめた。