〝選ばれるはず〟だった令嬢がいるのに、彼は私と契約結婚する
「睡眠薬でも盛ってそれを書かせたなら、それは犯罪」
美玲さんはピンク色に艶めく唇を上げる。
「その証拠はどこにあるの?」
「証拠……」
「ないわよね? ということは、あなたのお父様がサインされたということよ」
「そんなことは有り得ない!」
許せないという感情が先行して、どうしても口調が強くなっていく。
でも、感情的になったら負けだと自分を抑え、冷静に言葉を選ぶ。
「父が、長く地域に密着して営んできた病院を返してほしい」
今日、ここに来たのはそれだけのため。落ち着いた口調で交渉する。
美玲さんは真顔でじっと私の目を見つめた。
「いいわ。その代わり、悠真くんと別れてくれたら今回のメディカルセンター建設はなくしてあげる」
美玲さんの口から悠真さんの名前が出てきて鼓動が跳ねる。
彼女が悠真さんに好意があり、結婚を望んでいたことは知っていた。今回の件は、父の医院と引き換えに悠真さんとの離婚を求めていると、本当の目的を知る。
そこまでの執念を持って悠真さんを手に入れたいのかと思うと、背筋にぞわっと悪寒が走った。
「あなたのお父様の医院の負債を片付けたのも、悠真さんだってことはわかってるわ。要は、別に好きでもなんでもないのに、医院の存続のために結婚したのよね? ただの、契約結婚」
「それはっ……」
確かに、父の医院を助けてくれるという条件の元、悠真さんとの結婚を決めた。
でも、今は違う。
これから先、妻として彼のそばにいたいと純粋に思っているし、離れたくない。その思いは日に日に増している。
「まさか、別れたくないなんて言わないわよね? それなら、この話はなかったことにするわ」
「そうではなくて、あなたが言うように、私は父の医院を存続させるために結婚したんです。その支援もしてもらった後で、離婚を申し出るなんて約束が違──」
「それなら、その支援をそっくりそのまま返したらいい。いいわ、私がそれを用意する。それなら問題ないでしょう」
そこまでしてと思うけれど、彼女にとってはする価値があること。むしろ、そうまでしてでも悠真さんを私の元から取り返したいのだ。