〝選ばれるはず〟だった令嬢がいるのに、彼は私と契約結婚する
薄暗いリビングのソファにかけて、もう数時間が経ったと思われる。
いつの間にか暗くなった空を見て、いつからこうしているのだろうとぼんやり考えた。
ホテルの部屋を出てから、どうやってここまで帰ってきたのかよく覚えていない。
脱力するようにソファに座り込んだまま動けなかった。
『今日、悠真くんが帰ってきたら離婚を切り出して。それからそのまま家を出なさい。言う通りにしているか、すべてチェックしているわ』
帰り際、美玲さんは私にそんな約束をさせた。どうやら行動すら監視されるようだ。このマンションの下で、私が出ていくところでも誰かに確認させるのだろう。
父の医院という人質を捕らえ、離婚を条件に迫られる。もう私には逃げ道はない。
「どうした、こんな暗い部屋で」
不意に声が聞こえ、部屋が明るくなる。
ハッとして顔を向けると、リビングの入り口に悠真さんが立っていた。「ただいま」といつも通り部屋の中に入ってくる。
「おかえりなさい」
少しずつ見慣れてきた光景に、ぎゅっと胸元が締め付けられる。幸せの一こまになりつつあったこの一瞬も、もう見られなくなるなんて考えたくない。
『これにサインをして、悠真くんに渡すの。支援してもらったものは返すから、別れてほしいと』
美玲さんの声が呪いのように耳の奥で聞こえてくる。
「莉桜、食事は外でとって来た?」
最近は私が先に帰っていれば夕食の準備をして待っていることが多かった。外食をしてくるなら事前に連絡を入れるようにしているから、キッチンをまったく使っていない状態を不思議に思ったに違いない。
「ごめんなさい。今日は、ちょっと……」
「いいんだ、いつも大変なのに作ってくれて感謝してる。今日は外に食べに行かないか」
悠真さんの気遣いに耐え切れず、不意に目を逸らしてしまう。
その様子を見た悠真さんが「莉桜」と名前を呼んだ。