〝選ばれるはず〟だった令嬢がいるのに、彼は私と契約結婚する
「もっと早く気づいていれば、こんなことにはならなかった。莉桜も、お義父さんも、苦しまずに済んだ」
声の調子から、悠真さんの後悔のような感情を受け取る。自分を責めてはほしくなくて、「それは違います」と否定した。
「私も、ひとりで解決しようとばかり思っていたので、なにも話さず……。結局そのせいで、悠真さんに迷惑をかけました」
なにかあったなら話してほしいと、それが夫婦だとあのとき悠真さんは言ってくれた。今やっとその大切さを知る。
悠真さんは黙って私に両手を回し包み込む。
もう触れることもないと思っていた腕の中で、安心を求めるように腕を回した。
「でも、なによりショックだったのは……」
耳元で囁くようにされ、思わず体を離して顔を上げる。
悠真さんはじっと私を見つめた。
「脅されたからって、莉桜が離婚届にサインをしたことかな」
「あっ……それは、本当にごめんなさい」
体を縮めて謝罪する。
今も、あのときペンを持つ手が震え、いつも通りの字が書けなかったのを覚えている。
「まぁ大方、逃げられないようにして書けと言われたのくらい想像がつくけどな。だから、莉桜を責めているわけじゃない」
「はい。冗談でも二度と書かないです」
微笑んだ悠真さんに迫られ、背中が窓へと密着する。ガラスに手をつき、傾いた顔が近づいてきてやっと初めて目を閉じた。
触れては離れ、確かめ合うような口づけに体の熱が上がっていく。
「でも、離婚したいなんて、好きな男ができたなんて、本心じゃないってすぐにわかった」
「え、そうなんですか? 気づかれないようにって、気を張ってたんですけど……」
鼻と鼻が触れ合う近距離で言葉を交わす。
「あのとき、好きな男ができて嫌だったら、突き飛ばして逃げたと思うから」
そう言われて、初めてだった深くて甘い口づけを思い出した。とろけそうになって、身を任せてしまおうかと思ったのは事実。
再び柔らかく唇が重なり合い、鼓動がリズミカルに跳ねだす。
「莉桜、愛してる」
愛しい人から名前を呼ばれること、愛を伝えられることがこんなにも幸せだなんて身を持って実感していた。
Fin


